ArCS 北極域研究推進プロジェクト

2018年度海洋地球研究船「みらい」北極航海 ―極夜の北極海を行く―

初冬航海の重要性

「みらい」が北極航海を行うのは通常8~10月の夏から秋ですが、今回の航海は10月~12月の秋から初冬にかけて行われます。この時期の北極海は結氷期(氷が張り出す時期)で極夜の期間が長く、観測作業を行う場合は人間も観測機器も十分な防寒対策が必要となるなど、夏季の航海と比べてよりいっそう様々な事柄に注意し、準備をしたうえで臨むことが必要となります。なぜそのような季節に北極航海を行うのでしょうか? 首席研究者の国立極地研究所・猪上准教授(テーマ1PI)に伺いました。

秋から初冬は観測データの空白期

「みらい」の北極航海は通常9月を中心に行われるため、秋から初冬の結氷期の大気・海洋の状態は、これまで直接観測の実績がありません。今回の航海で観測データが得られれば、それらを使って予報実験や予測研究を行うことで、気象・海洋・海氷予測度の向上が期待できます。

たとえば波浪観測については、2016年の航海で得たデータから、夏季北極海における海氷面積は減少し、開放水面では強風が吹く確率が増大するため、船舶が遭遇しうる最大波高と最大風速は長期的に上昇していることがわかりましたが(プレスリリース「海氷減少で最大波高が上昇 〜北極航路上の安全航行に備える〜」参照)、今回、結氷期のデータを取得することで、波高が季節の進行に伴ってどのように変化しているかを把握することができると考えられます。同様に、飛沫観測についても2016年航海で実施した観測を今回の観測でも実施し、実海域でのデータを入手します。

観測データのリアルタイム公開

「みらい」北極航海で取得した海上気象データや高層気象データは、即時GTS(Global Communication System)と呼ばれる全球通信システムに通報されます。世界各国の気象機関により運営されているこのGTSを介して、全球の気象観測データの国際的な相互観測・相互利用が行われています。今回の「みらい」北極航海で取得したデータは、このネットワークの中で、極域から中緯度の気象予測精度向上に重要な役割を果たします。

北極海を航行する船舶にも貢献

大荒れの北極海

従来、北極海を航行可能な時期は氷で覆われていない7~11月に限られていましたが、近年の海氷減少に伴い、さらに長い期間の通行が可能になってきました。今回の航海で得られたデータにより、氷が張る時期の短期予報に必要な海洋の熱的影響を調べることができれば、今後の北極海航路の利用にとって重要な成果となると考えられます。

また、北極海は砕氷能力を持たない一般の船舶も航行するため、波浪に関する結氷期のデータは、そうした船舶が受ける波の抵抗や、凍ったしぶきが船舶に着氷する危険性などの予測に役立ちます。

観測を支える人材の育成

海氷の監視を行うアイスパイロット

「みらい」は耐氷能力を持つ船ですが、砕氷船ではないため、海氷域を航行する場合は十分な注意が必要です。そこで「みらい」のような船舶にとって欠かせないのが、海氷域の航行経験を持ち、観測プランの立案などにも乗ってくれる、アイスパイロットの存在です。これまであまり前例のない初冬の北極航海を行う今回の「みらい」北極航海は、乗組員や観測技術員の育成の観点でも貴重な経験となります。

気象予測による航海のサポートと、それによる数値予報モデルの検証

極域予測年(YOPP)の一環として、ヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)やカナダ気象局(ECCC)では、リアルタイムで気象予測データを提供するサービスを行なっています。これは、YOPPに貢献する観測活動をサポートするとともに、それらの観測データを数値予報モデルの検証に使うという目的があります。

今回の航海ではECMWFから水平解像度0.1度(約10km)の10日予報を毎日2回取得し、数日先の天気の傾向を把握することで、観測海域の安全性を確保します。一方で、これらのデータを海氷海洋結合モデルに与え、水平解像度2.5kmの海氷予報を独自で行います(計算は東京大学山口研究室で実施)。これにより、海氷域がどの程度迫ってくるのかを数日から1週間程度の時間スケールで把握します。

観測支援データのフロー図

観測支援データのフロー図

東京大学より提供される予定の海氷予定図

北極海における観測は厳しい気象条件のもと実施しなければならないこともありますが、観測の好機があらかじめ把握できれば、有意義なデータを取得できる可能性が高まります。

JAMSTECで運用中の高解像度雲解像モデルNICAM(Nonhydroscatic ICosahedral Atmospheric Model)は、地球全体での雲の発生・挙動を直接計算することができる点で、従来の全球モデル(※)に比べ、より高精度の計算が可能です。昨年(2017年)の「みらい」北極航海では、はじめて北極航海の観測支援を行い、1日4回3日先の気象予測を行い、風や降雨、海面気圧の図を作成し、ウェブページにアップロードする形で「みらい」に予測計算結果を配信しました。今回の「みらい」北極航海でも、NICAMは同様に観測支援を行う予定です。

北極域は著しい温暖化に伴い湿潤化も進行していることから、雲・降水システムが大きく変化することが予想されます。雲は海氷面の放射収支を支配しますし、海氷上の積雪の多寡は海氷の成長速度に大きな影響を与えます。また、海面に対しては淡水の供給源ともなり、海洋の成層構造を強化します。したがって、現在の北極気候システムを理解するには雲・降水過程を忠実に表現できる数値モデルが必要です。NICAMは今後①観測データを用いた北極の雲・降水システムの検証、②モデル内の雲物理過程の調整、③全球モデルかつ雲解像で計算することによる熱的影響の定量的な把握を行うことで、熱帯の雲と北極の雲の熱的な影響が中緯度へどのように伝播するのかを調べることが可能だと考えられています。

「みらい」北極航海は現在と近未来の北極海の理解に貢献します

※従来の全球モデルでは、高気圧・低気圧のような大規模な大気循環と雲システムの関係について、なんらかの仮定をおいて計算しており、不確実性の大きな要因となっていました。