南極リュツォ・ホルム湾およびトッテン氷河沖で自律型海中ロボットによる無索での海氷下航行に成功
―同海域では世界初―

2025年6月30日
東京大学 生産技術研究所
国立極地研究所
東京海洋大学

発表のポイント
  • 海氷や棚氷の下に入り込み、全自動で航行しながら氷の裏面の形状を高精度に計測するための AUV(自律型海中ロボット:Autonomous Underwater Vehicle)「MONACA」(モナカ)を開発しました。
  • 2022年度の第64次南極地域観測より南極海での運用を開始し、2024年度の第66次南極地域観測ではリュツォ・ホルム湾とトッテン氷河沖での無索運用に成功しました。同海域でのAUVの無索(AUVと船を繋ぐケーブルを外した状態)運用は世界初となります。
  • 今後は更なる性能向上を図り、今年度に予定されている第67次南極地域観測での運用に備えます。氷床融解と海洋循環の関係解明に資する観測データを提供し、地球システムにおける南極の役割の解明に貢献します。

トッテン氷河沖で浮上したMONACA(JARE66-13)

発表概要

発表者らの研究グループは、南極の海氷や棚氷域を探査する新しいAUV(自律型海中ロボット、注1)「MONACA」(モナカ)を開発してきました。そして第66次南極地域観測において南極海(南大洋)のリュツォ・ホルム湾およびトッテン氷河沖において無索でのAUV運用に成功しました。これは両海域では世界初となります。

南極の氷床および海洋環境は地球全体の環境変動に大きく影響すると考えられており、船舶や航空機、人工衛星などのプラットフォームにより観測されてきましたが、船舶の入れない棚氷(注2)や海氷の裏側や、その下に広がる海はほとんど観測できていませんでした。ケーブル不要かつ全自動で運用できるAUVは新たな水中探査プラットフォームとして注目されていますが、母船の動きが制限されるため連携が難しい、浮上できる場所が限られるなどの課題から、氷海域における展開事例は限られていました。

そこで本研究チームは、MONACAが氷海域の奥深くへ潜入して形状計測を行い、その後投入地点まで安全に帰ってこられるよう、マルチビームソーナー(注3)とDVL(注4)、INS(注5)を備えたセンサユニット、音響測位装置、およびこれらの機器による氷および母船に対する相対ナビゲーションアルゴリズムを実装しました。このセンサユニットは氷を計測する際は上向きとしますが、上下反転を可能とすることで、海底の計測にも対応します。また、複雑な氷裏面の形状に沿って航行できるよう、スキャニングソーナーによる障害物回避手法やホバリング(その場停止)のできる高い運動能力を備えました。第64次南極地域観測(夏隊)では、日本で初めてとなる南極海でのAUV運用を昭和基地沖の定着氷及びラングホブデ氷河沖で実施しました。この際には20回の潜航で、合計17時間、15kmの自律航行を実施し、延べ約0.5平方kmの海底地形形状と約0.46平方kmの海氷裏面形状を得ることができましたが、無索での運用ができなかったため母船である南極観測船「しらせ」周辺での運用にとどまりました。

第66次南極地域観測(夏隊)では、64次の結果をもとにMONACAの性能向上を図るとともに運用方法を再検討のうえ、挑みました。東京海洋大学の溝端浩平 准教授が代表を務める重点研究観測課題「東南極の氷床-海氷-海洋相互作用と物質循環の実態解明」の一環として、国立極地研究所の真壁竜介 准教授の指揮のもと、東京大学からは山縣 特任研究員、関森祐樹 博士課程 大学院生、竹本健人 修士課程 大学院生が隊員として運用に当たりました。リュツォ・ホルム湾では6日間で8回の航行を実施し、合計で約11km航行する中で映像・海流・水質などのデータを得ました。2025年2月8日には無索での100mの往復航行に成功しました。また、トッテン氷河沖においても4日の運用日程で2回、合計で約1.5kmの航行を実施しました。このうち1回は無索での200mの往復航行となります。両海域でのAUVの無索運用は世界初となります。無索運用の達成により従来は母船近傍に限られていた運用範囲が数百メートル規模に拡大し、これまで観測が困難だった棚氷下部の探査が現実的な目標となりつつあります。これは、氷床質量の変化や海洋との相互作用に関する理解を深めるうえで重要な一歩です。

発表者コメント:巻 俊宏 准教授の「もしかする未来」

この研究を始めたきっかけは、2015年、米国滞在中にAUVを用いた北極探査航海に参加したことです。氷の下は地球上で最高レベルにアクセスが難しい場所で、まだわかっていないことが山積みです。AUVは氷の下にアクセスできる点に価値があると考えています。今後はよりチャレンジングな環境にロボットを送り込み、科学的な新発見を目指すとともに、「ロボットでこんなこともできるんだ!」と皆様に夢を持っていただけるよう研究を進めていきます。

研究の背景

南極は地球における熱、水、物質の巨大リザーバ(貯蔵庫)であり、地球規模の環境変動に影響を与える重要な要素の一つと考えられています。このため、そのメカニズムの解明に向けて、船舶や航空機、人工衛星などの各種プラットフォームにより南極の氷や地形、海水、気象などさまざまな観測がなされてきました。しかしながら南極大陸をとりまく棚氷や海氷の下部については、船舶が入れないことから、ほとんど観測できていません。

海中ロボットは海中探査に広く使われており、中でもAUVはケーブル不要で全自動で運用できることから、広域を効率的に観測できるプラットフォームとして期待されています。しかし、氷海域では、母船との連携が難しい、音響が乱反射することで位置推定が難しい、浮上できる場所が氷の無い環境に限られる等の課題から、展開事例は限られていました。

研究の内容

本研究チームは、南極の氷海域探査用のAUV MONACAの開発を進めてきました(参考文献123)(図1図2)。MONACAはMobility Oriented Nadir AntarctiC Adventurerの略です。MONACAは全長2.1m、空中重量235kg、最大潜航深度1,500mであり、動作時間は8時間、氷の裏側へ最大10km潜入できるように設計されています。氷の奥深くへ潜入して形状計測を行い、その後投入地点まで安全に帰って来られるよう、マルチビームソーナーとDVL、INSを備えたセンサユニット、音響測位装置、およびこれらの機器による氷および母船に対する相対ナビゲーションアルゴリズムを備えています。このセンサユニットは氷を計測する際は上向きとしますが、上下反転可能とすることで、氷の下の海底の計測にも対応します。音響測位は母船と双方向で行うこととし、さらにINS、DVL等との統合により、乱反射への耐性を向上させました。また、複雑な氷の形状に沿って航行できるよう、スキャニングソーナーによる障害物回避手法やホバリング(その場停止)のできる高い運動能力を備えています。この他、水質を計測するためのCTD(注6)センサを備えています。

図1:AUV MONACAの機器配置
左が前方。スラスタ(推進機)はヒーブ(上下)およびロール・ピッチ(縦揺れ、横揺れ)方向の制御用に4台、サージ(前後)およびヨー(方位)の制御用に2台搭載している。動体中央部に、上下反転可能なセンサユニットを搭載している。エネルギー源はリチウムイオン電池であり、動体中央左右に各1セット搭載している。メインコンピュータおよび各種インタフェース、電源回路等は前方の圧力容器に収納されている。
SSBLは音響測位装置のこと(SSBL: Super Short Base Lineは音響測位方式の一種)。

図2:AUV MONACAのイメージイラスト
氷の下を冒険するイメージ。右上は科学研究費助成事業新学術領域研究『熱-水-物質の巨大リザーバ
全球環境変動を駆動する南大洋・南極氷床(未探査領域への挑戦)』のロゴマーク。

MONACAの南大洋での運用は、2022年度の第64次南極地域観測が最初となります。64次では、AUVとしての基本機能の確認を目的として昭和基地のあるリュツォ・ホルム湾の定着氷およびラングホブデ氷河沖で実施しました。この際には20回の潜航で、合計17時間・15kmの自律航行を実施し、重複を含む約0.5平方kmの海底地形形状と約0.46平方kmの海氷裏面形状を得ることができましたが、無索での運用ができず、船の周辺での運用にとどまりました。母船である南極観測船「しらせ」後部の狭い開水面に浮上させることは難易度が高かったためです。

2024年12月5日~2025年4月6日に実施された第66次南極地域観測(夏隊)では64次の結果をもとにハードウェア・ソフトウェアの信頼性を高めるとともに運用方法を再検討し、「しらせ」との密な連携のもとAUV運用を実施しました(図3)。東京海洋大学の溝端浩平 准教授が代表を務める重点研究観測「東南極の氷床-海氷-海洋相互作用と物質循環の実態解明」の一環として、国立極地研究所の真壁竜介 准教授の指揮のもと、東京大学からは開発と運用を担当した山縣 特任研究員以下、関森祐樹 博士課程 大学院生、竹本健人 修士課程大学院生が隊員として参加し、運用を実施しました。リュツォ・ホルム湾で6日間のうちに8回運用し、合計で約11km航行させて映像・海流・水質などのデータを得ました(図4図5)。うち1回は無索航行でした。気温-4度、風速7m/sという困難な気象条件下でも100mの距離を往復させ、無事回収することに成功しました。また、トッテン氷河沖では3日間のうちに2回運用しました(図6図7)。うち1回は無索での200mの往復航行となります。当初の予定では5日間の予定でしたが、天候が大幅に悪化したため、短縮することとなりました。両海域での無索運用は世界初となります。海中では信頼性の高い無線通信手段が無いため、無索での運用にはハードウェア・ソフトウェアの高い信頼性はもちろん、予期せぬ事態が生じても安全に戻ってこられる高度な自律航行アルゴリズムが必要です。今回の無索運用の達成により、母船から離れて数百メートルの範囲を探査することが可能になり、これまで観測が困難だった棚氷の裏側へ進出するための道筋が見えてきました。これは、氷床質量の変化や海洋との相互作用に関する理解を深めるうえで重要な一歩です。

図3:第66次南極地域観測におけるMONACA投入地点
JARE66-01とJARE66-11は気象の悪化により投入を断念、JARE66-02とJARE66-10は動作確認のための吊り降ろしのみ。JARE66-09、13が無索。(南極の地図はIBISCO V2から引用※)JARE:Japanese Antarctic Research Expedition(日本の南極観測隊の略称)

図4:「しらせ」から投入中のMONACA(JARE66-09)
リュツォ・ホルム湾でMONACAを投入したときの写真。「しらせ」船尾側を見ている。右手の氷に覆われている側が左舷。MONACAは艦尾から右舷に向けて投入された。このとき「しらせ」は風を利用して左舷の海氷に固定されている。

図5:リュツォ・ホルム湾で取得された水質データ(JARE66-09)
MONACAのCTDセンサによる水温、塩分、深度の計測値を時系列でプロットしている。投入位置や海流などの情報と合わせて検討を加えることで科学的検証が行われることが期待される。13:33:34頃から潜航開始。

図6:トッテン氷河沖で投入されるMONACA(JARE66-13)
リュツォ・ホルム湾と異なり、船が自由に流れる状況で投入を実施している。「しらせ」は風や流れにより1kt程度で漂流する中での投入となった。周囲には厚さ30mm程度の新生氷がある。

図7:トッテン氷河沖で浮上したMONACA(JARE66-13)
(上)MONACAに搭載されたカメラによって撮影された「しらせ」。MONACAは新生氷を割って浮上している。船の位置に向かって戻ってきているため、正面に「しらせ」を捉えている。(下)「しらせ」艦上に吊り上げたMONACA。機体上部に氷が載っている。
※Dorschel Boris, et al.(2022):The International Bathymetric Chart of the Southern Ocean Version 2(IBCSO v2). PANGAEA, doi:10.1594/PANGAEA.937574

今後の展開

本実験により、氷海域探査用AUV MONACAによる南極海の完全結氷域の探査の技術的目途が立ちました。具体的には、「1. 母船との連携が難しい、2. 音響が乱反射することで位置推定が難しい、3. 浮上できる場所が氷の無い環境に限られる等の課題」に対して、「1.2.氷および母船に対する相対ナビゲーションアルゴリズム、スキャニングソーナーによる障害物回避手法によって、母船との連携が困難+音響が乱反射する環境下でも自律的に探査できること、3. ホバリングという高い運動能力によって限られた場所に浮上できること」、を確認し、さらにCTDなどのセンサで水質データも取得できました。

本実験で得られた各種センサデータをもとに、自律航行アルゴリズムのさらなる性能向上を図り、2025年度に実施される第67次南極地域観測においては「しらせ」および海上自衛隊の協力のもと、さらなる長距離運用を目指します。そして、南極の海氷や棚氷の計測を通して、地球システムにおける南極の役割の解明や、地球環境変動予測の高精度化に貢献します。

参考文献

[1] Yamagata H., Kochii S., Yoshida H., Nogi Y., Maki T., Development of AUV MONACA – A hover capable platform for detailed observation under ice -, Journal of Robotics and Mechatronics, 33(6), 1223-1233 (2021.12)

[2] 山縣広和, 関森祐樹, 山本和, 真壁竜介, 藤井昌和, 吉田弘, 田村岳史, 野木義史, 巻俊宏, 氷下探査 AUV “MONACA”の開発 – JARE 64, 66 における南極海での自律航行 -, 日本地球惑星科学連合 2025 年大会(JpGU 2025), MIS15-18, 千葉(2025.5)

[3] グローバル南極学 ウェブサイト:https://glaces.lowtem.hokudai.ac.jp/

発表者・研究者等情報内容

東京大学
 生産技術研究所
  巻 俊宏 准教授
  山縣 広和 特任研究員(研究当時)現:日本工業大学 先進工学部 ロボティクス学科 准教授

 大学院新領域創成科学研究科
  関森 祐樹 博士課程
  竹本 健人 修士課程

国立極地研究所
 先端研究推進系 生物圏研究グループ 真壁 竜介 准教授
 先端研究推進系 地圏研究グループ 野木 義史 教授

東京海洋大学
 海洋環境科学部門 溝端 浩平 准教授

学会情報

学会名:日本地球惑星科学連合2025年大会(JpGU2025)
題名:氷下探査AUV “MONACA”の開発 –JARE64,66における南極海での自律航行-
著者名:山縣広和、関森祐樹、山本和、真壁竜介、藤井昌和、吉田弘、田村岳史、野木義史、巻俊宏

研究助成

文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究『熱-水-物質の巨大リザーバ全球環境変動を駆動する南大洋・南極氷床(未探査領域への挑戦)』(JSPS KAKENHI JP17H06322)、学術変革領域研究 A『グローバル南極学:大変化する氷床と地球環境の連鎖をつなぐ』(JSPS KAKENHI-AREA–24A402)、基盤研究 B『海氷・棚氷の詳細観測を可能とするAUVの氷下ナビゲーション手法』(JSPS KAKENHI 23K26314)、南極観測地域観測第X期計画重点研究観測(AJ1003)

用語解説

注1:AUV
Autonomous Underwater Vehicle(自律型海中ロボット)。無索・全自動で行動する海中探査ロボット。母船から離れ、広い海域を効率的に調査することができる。海中では無線通信手段が限られるため、人間の指示を受けずに行動する高い自律性が求められる。

注2:棚氷
陸上の氷河や氷床が海上に張り出した部分。その厚さは海水が凍ってできる海氷よりも非常に厚く、数百メートルにもなる。

注3:マルチビームソーナー
複数の超音波ビームにより物体の形状を計測するセンサ。海底地形の計測に広く用いられる。マルチビームソナーとも呼ばれる。

注4:DVL
Doppler Velocity Log(ドップラー式対地速度計)。海底に超音波ビームを照射し、その反射波の周波数から海底に対する相対速度を求めるセンサ。

注5:INS
Inertial Navigation System(慣性航法装置)。高性能な加速度・角速度センサによって自身にかかる力を計測し、自己位置や姿勢を推定する装置。

注6:CTD
Conductivity(電気伝導度)、Temperature(温度)、Depth(深度)という海水の基本パラメータを計測するセンサ。これらの情報から塩分濃度や水中音速を推定できる。

お問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)

東京大学 生産技術研究所
准教授 巻 俊宏(まき としひろ)
Tel:03-5452-6904 Fax:03-5452-6489 E-mail:maki@iis.u-tokyo.ac.jp

東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738 E-mail:pro@iis.u-tokyo.ac.jp

国立極地研究所 広報室
Tel:042-512-0655 E-mail:koho@nipr.ac.jp

東京海洋大学 総務部 総務課 広報室
Tel:03-5463-0355 E-mail:so-koho@o.kaiyodai.ac.jp