研究教育基盤グループ

国立極地研究所では、先端研究推進系に4つ(宙空圏、気水圏、地圏、生物圏)の、共同研究推進系に1つ(極地工学)の研究教育基盤グループを置き、極域科学の総合的な研究を進めています。

先端研究推進系宙空圏研究グループ

リモートセンシングでとらえる地球と宇宙のつながり

グループ長 堤 雅基

高さ10km以上の成層圏から太陽惑星間空間まで、広大な空間が宙空圏研究グループの研究対象です。

太陽ー磁気圏ー電離圏のつながりとオーロラの研究

オーロラは、極域において肉眼で見ることができる最も美しい宇宙現象ですが、いまだに多くの謎を秘めた魅力ある研究対象です。オーロラは、地球を取り巻く宇宙空間(ジオスペース)から地球の磁力線に沿って極域大気に降り込む電子などによって発光するため、ジオスペースの環境を知る手掛かりとなります。太陽から吹く電気を帯びた粒子(プラズマ)の風=太陽風と地球磁場の勢力圏である磁気圏や電離圏との相互作用によって、その環境はダイナミックに変動しています。

私たちのグループでは、南極域や北極域に、大型のレーダーや磁力計、全天イメージャなどを用いた広域多点観測ネットワークを展開し、こうした両極域からのデータを総合的に解析することにより、オーロラ現象やその生成に関係する太陽風・磁気圏・電離圏の相互作用の解明を目指した研究を行っています。

昭和基地のオーロラ光学観測機器

中層大気・超高層大気の研究

中層大気(10-90km)と超高層大気(90km以上)の境界は、宇宙と地球の境目とも言えます。超高層大気では大気が電離してプラズマとなり、粒子として運動しますが、中層大気は電気的にほぼ中性で、流体として振る舞います。極域超高層大気にはオーロラなど派手やかな現象が見られますが、極域中層大気にも極成層圏雲(PSC)、極中間圏雲(PMC)といった高高度の雲などの特異な現象が観測されます。対流圏からの気象擾乱の影響や超高層からの太陽活動の影響、さらに、南北半球間の大気大循環の影響を受けて変動する極域の中層・超高層大気を精密に計測し、全球の大気の変動の仕組みを理解するために、様々な観測を南極や北極で展開しています。

昭和基地で運用中の南極大型大気レーダー(PANSY)

先端研究推進系気水圏研究グループ

地球環境の現在・過去・未来を極域から明らかにします

グループ長 藤田 秀二

気水圏研究グループでは、大気科学、気象学、雪氷学、海氷・海洋科学、古気候学などに関する広いテーマの研究を進めています。極域の大気圏(対流圏、成層圏)、雪氷圏、海洋圏を研究対象とし、地球環境や気候の過去・現在・未来を明らかにします。この目的のため、相互に関連する気水圏の変動メカニズムに関する研究を、主に現地観測、衛星リモートセンシング研究や、気候・氷床システムのモデル研究との連携によって進めています。

近年に地球温暖化が顕在化してきたことで、極域研究の社会的な役割は極めて大きくなっています。多くの問いに答えていくことが社会的な要請となっています。南極や北極は地球の気候環境システムのなかでどのような意味を持つのでしょうか?南極の大陸と氷床の構造体はどのように成立し、どのような境界条件や内部構造で維持されているのでしょうか?両極の氷床は、地球温暖化とともに今融解を加速しつつあり、海面上昇をひきおこすもととなる脆弱な物体です。これらの融解はどうすすみ、地球環境やそこに住む人類社会にどのような影響をもたらすのでしょうか?私たちは、地球上の過去100万年規模の気候環境変動の歴史を氷床アイスコアというアーカイブから解明することができます。極域は人為起源物質の放出源から距離のあるエリアであり、そこで得られる観測情報から地球の変化を知ることができます。

極域大気圏の現象とそのメカニズムを明らかにする研究としては、大気や大気中のエアロゾル、微量気体、水などの物質循環・物質輸送に関する研究、極域エアロゾルの放射特性や雲との相互作用とその気候への影響、放射収支の研究、両極での二酸化炭素・メタンガスなど温室効果ガスの連続観測や、広域な地上気象や高層気象観測による熱・物質循環研究を行っています。また、北極の大気循環の変化、中緯度の気象に及ぼす影響を探っています。

極域雪氷圏に関する研究は、南極とグリーンランドという両極地域の氷床や氷河の掘削によってアイスコアを採取し、古環境を復元する研究から、過去の地球規模の気候・環境変動を明らかにしてきました。その時間スケールとしては、これまで最も古いものとしては南極ドームふじで掘削したアイスコアを用いて72万年をカバーしてきました。さらに、将来のアイスコア掘削は100万年を超える年代までの古環境の調査を目指しています。

さらに、南極とグリーンランドの氷床の形成過程や内部構造や流動、質量収支や氷床への物質輸送に関する研究をおこなっています。氷床縁辺部の融解や棚氷の崩壊、流動の変化、かん養量の変化は、地球温暖化にともなう海水準上昇を決定づける重要な現象です。極域全体の変動の把握が強く求められています。

北極雪氷圏での変化が大気・海洋を通じて広域へ影響することに関して学際的な総合的観測を行っています。極域海洋圏に関しては、ポリニヤ域や南極底層水の形成機構、海氷成長・融解過程と海洋構造・循環特性及び海氷変動が気候変動に与える影響の研究、極域海洋が地球表層における大気-海洋系の二酸化炭素循環に及ぼす影響および海洋酸性化の研究などを行っています。

先端研究推進系地圏研究グループ

46億年におよぶ地球変動史の解明をめざして

グループ長 外田 智千

先進の地質学、地形学、固体地球物理学を駆使して

南極氷床を載せる南極大陸は、40億年に及ぶ変成史を通じて形成された変成岩や火成岩類で構成される基盤岩からなっています。それらは氷床縁辺部に露岩として顔を出しています。露岩域および周辺海底域には、氷床の消長を記録する地形や堆積物が存在します。大陸と氷床は相互作用し、特有の固体地球物理学的現象が観測されます。このような地殻の歴史と氷床とのかかわりは、グリーンランドでも共通に見られます。また、南極海やインド洋の海洋底には、ゴンドワナ超大陸の初期分裂からの痕跡が残されています。一方、南極氷床からは、太陽系創世期の情報を提供する隕石が大量に採集されます。これらの事象・現象を研究対象として、地圏研究グループの研究者が、太陽系形成時の46億年前から現在までの宇宙史や、地球の誕生から今日までの地殻進化変動史、氷床の消長に伴う第四紀環境変動史、現在の地殻変動や海面変動を、地質・鉱物学、地形・第四紀学、測地・固体地球物理学の手法で解明すべく研究を進めています。

セール・ロンダーネ山地での地形地質学的調査風景。南極内陸山地~沿岸域においての地形地質学的調査、および海底堆積物や海底地形等の調査から、氷床変動と古気候・古海洋変動との関係を議論します。

ボツンヌーテンでの地質調査

極域では、表層環境の様々な時空間変動に伴う振動現象が、地震計や微気圧計(インフラサウンド)に観測される。また遠地での火山噴火や隕石爆発も捉えることができる。

先端研究推進系生物圏研究グループ

極地の生き物の現在・過去を調べて将来を占う!

グループ長 工藤 栄

3チーム体制で極地の生物を観測

南極や北極など、極めて厳しい自然条件の極地にも生き物が棲んでいます。私たちは、厳しい環境でどうして生き物が生きてゆけるのかを調べています。また、最近では地球の環境が変化してきているといわれます。特に、南極や北極では氷が溶けたり、雪が少なくなったり、今までとは違った環境になると考えられています。最近の急激な環境の変化に対して、生き物たちがどのように対応しているのかも調べています。私たちのグループでは、生き物の住んでいる場所や生き物の種類によって3つのチームに分かれて仕事をしています。

極地の海の小さな生物(植物プランクトン、動物プランクトンなど)を調べるチーム

日本が調べている南極海はオーストラリアの南側が中心なので、オーストラリアの観測船に乗って南極海へ行ったり、日本の観測船にオーストラリアの研究者を招待したりして一緒に研究をしています。最近では、人工衛星を使って海の水温や、植物プランクトンの量を調べることができるようになりました。人工衛星で調べられたデータを積み重ねることによって、南極海の環境の変化と生態系の変化を調べています。

氷海内でのプランクトン採集

極地の海の大きな生物(海鳥、ペンギン、アザラシなど)を調べるチーム

海で生活する動物たちの行動・生態を直接観察することは難しく、陸上で生活する動物にくらべて研究が大きく遅れています。海で餌をとる鳥類・哺乳類がどこで何をしているのかを、動物にGPSやカメラ、加速度、深度といったセンサーのついた記録装置を取り付けることで調べています。

小型カメラを装着したアデリーペンギン

極地の陸上や湖沼の生物を調べるチーム

寒冷や乾燥、強い紫外線など、極地の陸上は生物の生存にとって、とても厳しい環境となっています。そのような極限環境にみられる生物の多様性を明らかにする研究が進められています。また、それらの生物が、極限環境に対してどのように生理的に適応し、生態系の仕組みを作り上げているのかを解明しようとしています。

南極湖沼での潜水による生態系調査

先端研究推進系極地工学研究グループ

極地観測をバックアップするテクノロジーの探求

グループ長 野木 義史

極地工学のミッション

極地で研究観測を行う場合、厳しい寒さ・強風・積雪への対策が課題となります。また、輸送の手段が限られているため、限られた燃料・食料・資材等をいかに有効活用するか、また最近では、周辺の環境への影響をいかに小さくするかも大きな課題です。極地工学では、これら極地観測に付随する様々な技術的課題の解決に取り組んでいます。

将来の内陸オペレーションを見据えた設営的課題の研究

南極大陸内陸でのオペレーションを実施するにあたっては、大量の物資輸送、内陸への安全な輸送ルートの確保、精密機器の運搬における耐震の方策、氷床上の建物や構造物の設置・施行といった設営的課題を一つ一つ解決していく必要があります。そのためには、これまでの蓄積をベースにしつつ新しい方策やテクノロジーの導入など、幅広い情報収集と試験開発が必要です。

現地でエネルギーを創るための研究

昭和基地の燃料消費は、基地の大型化や観測の多様化の影響により年々増加しています。一方で、輸送船が運べる燃料には限りがあり、今後は備蓄量が綱渡り状態となることが予想されています。この状況を改善するため、太陽光や風力のような再生可能エネルギー利用を増やし、化石燃料だけに頼らない取り組みが行われています。その一環として、太陽電池パネルの効率的な設置方法や表面の劣化対策に関する研究も行っています。

昭和基地の自然エネルギー棟に設置された太陽光集熱パネル

再生可能エネルギーの安定利用に関する研究

太陽光・風力で発生した電力は、日照条件や風速などにより大きく変動する性質を持っています。いっぽう、昭和基地の電力のほとんどは、軽油を利用したディーゼル発電機で生み出されています。変動が激しい再生可能エネルギーとディーゼル発電機を同時に用いるためには、「系統連系」と言われる技術が必須となります。系統連系はそれ自体が一つの大きな技術的課題となっており、現在、各種の技術を調査し、次世代の電力供給方法を研究しています。

余剰電力の備蓄と利用に関する研究

再生可能エネルギーによって一時的に余剰な電力が得られた時、それを棄てずに備蓄できれば一層効果的に使うことができます。電気エネルギーを備蓄する手段には、有機ハイドライド技術や蓄熱技術があり、これら技術は国内で実用段階に入っています。我々はこれらの技術の南極への導入を目指して、大学や民間企業と連系して研究を進めています。

新たな造水方法に関する研究

飲料などの生活水を確保するために、昭和基地ではこれまで周辺の雪を溶かすことで造水していました。しかし、氷点下の雪氷を用いた造水には膨大な熱量が必要で、昭和基地では常時約100kWの熱量を使っています。海水を逆浸透膜法で淡水化すれば、電力が少なくなるだけでなく、造水タンクへの雪の投入などの労力も軽減できます。この方法の実現に向けて、配管の温度管理、海水の汲み上げ技術などを研究しています。

無人観測に関する研究開発

極地で人間が活動する場合、それ自体が環境へのインパクトとなり、またエネルギの消費を伴います。省電力で信頼性の高い無人観測装置の開発は、環境・エネルギー利用の両面において有利です。我々は宇宙観測技術の転用などを通してその技術開発を継続して行ってきました。今後は無人飛行機や小型電力源などの利用も行っていきたいと考えています。