中央北極海のメルトポンドの栄養塩動態を解明
~海氷栄養塩循環におけるメルトポンドの重要性を提示~

2025年10月9日

ポイント

概要

北海道大学大学院水産科学院博士後期課程1年の秋野僚太氏、同大学大学院水産科学硏究院の野村大樹教授、東海大学生物学部海洋生物科学科の野坂裕一講師、国立極地研究所の猪上淳教授、ドイツ・アルフレッドウェゲナー極地海洋研究所などの国際共同研究グループは、2019年から2020年に行われた中央北極海での通年漂流観測「MOSAiC」計画に参画し、「メルトポンド」(海氷が融けてできた水たまり)において、藻類が光合成をするのに必須な成分「栄養塩」の特性についての観測結果を発表しました。

メルトポンドは夏の北極でよく見られる現象であり、近年の温暖化によって増加が報告されています。MOSAiC計画では夏季の中央北極海にてメルトポンド観測を実施し、メルトポンドの水やその下の海氷を採取し、栄養塩などの成分分析を行いました。メルトポンドの底にはメルトポンド内で生産された有機物(藻類や動物プランクトンの死骸など)が沈降しており、それを分解するバクテリアの高い活性が観測されました。メルトポンド直下の海氷は、メルトポンドに面する上部がスポンジ状に融解しており、メルトポンドの水や海氷の他の部分と比較し高い栄養塩濃度が観測されました。この栄養塩はメルトポンドで生産された有機物が沈降・分解され、再生した栄養塩に由来すると考えられ、メルトポンドの形成が海氷の栄養塩分布の決定要因の一つになっていることを示しました。また、メルトポンド内の水と海氷下の海水との交換や、積雪融解水の流入によって栄養塩が供給される様子が観測され、この栄養塩を用い藻類が光合成を行えば、メルトポンドが海氷に栄養塩を濃縮するサイクルが形成され、海氷融解時に海洋表層により多くの栄養塩を供給し海洋の藻類生産を支えるなど、海氷が北極の生物・化学環境へ大きなインパクトをもたらす可能性があります。

なお、本研究成果は、2025年8月30日(土)公開のJournal of Geophysical Research: Oceans誌に掲載されました。

写真左 海氷上にできたメルトポンド(Steffen Graupner撮影)。
写真右 メルトポンドでの観測の様子(野村大樹撮影)。

背景

メルトポンドは夏の北極海でよく見られる現象であり、プランクトンなどの生物にとって重要な生息地になっています。メルトポンドの面積は近年増加傾向にあると報告されており、その重要性は増してきていると言えます。また、植物プランクトンなどの藻類にとって栄養塩は生長・増殖に必要な物質です。しかし、北極海においてメルトポンド自体の栄養塩に関する知見や、メルトポンド形成が海氷内での物質循環過程に及ぼす影響についての知見は少ない現状にあります。この知見の不足は北極域の環境変動の理解と将来予測の上で課題となっています。

研究手法

本研究グループは、国際通年漂流観測Multidisciplinary drifting Observatory for the Study of Arctic Climate(MOSAiC)計画に参画し、夏の中央北極海のメルトポンドにおいて観測を実施しました。メルトポンドの水と海氷を採取し、栄養塩などの化学成分、バクテリア・藻類の組成や量、構造的性質などの項目を多角的に分析しました。

研究成果

観測結果より、メルトポンド内(図1)では藻類の光合成により有機物が生産されており、観測序盤には栄養塩が消費された状態にありました。メルトポンド底には有機粒子が沈降し(図2)、高いバクテリアの活性が見られました。メルトポンド直下の海氷は、メルトポンドや海氷の他の部分と比べ、上部で高い栄養塩濃度が観測され(図3)、メルトポンドで生産された有機物が分解したことによって供給されたと考えられます。メルトポンドの形成は海氷、特に複数年融けきらずに残っている「多年氷」の栄養塩分布を決定する要因の一つとなることを解明しました。また、メルトポンドの水が海氷直下の海水と交換することや積雪融解水がメルトポンドに流入することによって栄養塩が供給され、藻類の生産を支持しうる可能性が示されました。
以上の結果からメルトポンド内において、①藻類によるメルトポンド内の栄養塩の消費と有機物生産、②生産した有機物の沈降、③分解、④メルトポンド直下海氷への栄養塩供給、⑤海氷直下海水との交換、⑥積雪融解水の流入によるメルトポンドへの栄養塩の供給、供給された栄養塩を利用し再度藻類が光合成で有機物を生産するというサイクル(図1)が形成される可能性が示されます。このサイクルが夏の間繰り返される場合、メルトポンド直下海氷の高い栄養塩濃度は、より顕著なものとなり、メルトポンドの形成が海氷に栄養塩を濃縮する機能を持つ可能性が示唆されました。

今後への期待

本研究はメルトポンドの形成が海氷の栄養塩や生物生産にもたらす影響を栄養塩の観点から示し、メルトポンドの面積が拡大しつつある北極域における炭素収支の評価など、北極の将来の環境を予測する上で重要な情報を提示しました。また、メルトポンドを介した海氷栄養塩の濃縮メカニズムは、海氷、特に多年氷に大きな影響を及ぼし、その海氷の融解時にはより多くの栄養塩を海洋表層に供給することになります。そのため、多年氷の融解が進む北極海において、海氷融解が海洋環境に与える影響を評価することが、今後より一層重要となり、北極域研究船「みらいII」による詳細観測が期待されます。

論文情報

論文名:Melt Pond Nutrient Dynamics and Their Relationship With Melt Pond Bottom Ice in the Central Arctic Ocean(中央北極海におけるメルトポンドの栄養塩動態とメルトポンド直下海氷との関係)
著者名:秋野僚太1、野村大樹2、3、4、Alison Webb5、6、Yuhong Li7、Manuel Dall’osto8、Katrin Schmidt9、Elise Droste10、11、Emelia Chamberlain12、13、Nikolai Kolabutin14、Egor Shimanchuk14、Ruzica Dadic15、16、Alisson Fong11、Shinhué Torres-Valdés11、Clara Hoppe11、Laura Whitmore17、Hanno Meyer18、野坂裕一19、20、21、猪上 淳22、Oliver Müller23、Bruno Delille24
1北海道大学大学院水産科学院、2北海道大学大学院水産科学研究院、3北海道大学北方生物圏フィールド科学センター、4北海道大学北極域硏究センター、5University of Warwick、6University of York、7Third Institute of Oceanography, Ministry of Natural Resources, China、8Institute of Marine Science, Consejo Superior de Investigaciones Científicas、9University of Plymouth、10University of East Anglia、11Alfred Wegener Institute Helmholtz Centre for Polar and Marine Research, Bremerhaven、12University of California San Diego、13Woods Hole Oceanographic Institution、14Arctic and Antarctic Research Institute, Russia、15WSL Institute for Snow and Avalanche Research SLF、16Victoria University of Wellington、17University of Alaska Fairbanks、18Alfred Wegener Institute Helmholtz Centre for Polar and Marine Research, Potsdam、19東海大学生物学部(札幌キャンパス)、20東海大学大学院生物学研究科(札幌キャンパス)、21東海大学北海道地域研究センター、22国立極地研究所、23University of Bergen、24Université de Liège)
雑誌名:Journal of Geophysical Research: Oceans(海洋科学の専門誌)
DOI:10.1029/2024JC022018
公表日:2025年8月30日(土)(オンライン公開)

問い合わせ先

北海道大学大学院水産科学研究院 教授 野村大樹(のむらだいき)
Tel:0138-40-8849 E-mail:daiki.nomura@fish.hokudai.ac.jp
URL:https://sites.google.com/view/daikinomura/home

配信元

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
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情報・システム研究機構国立極地研究所(〒190-8518 東京都立川市緑町10-3)
Tel:042-512-0655 E-mail:koho@nipr.ac.jp

東海大学札幌キャンパス(〒005-8601 札幌市南区南沢5条1丁目1番1号区)
Tel:011-571-5111 Fax:011-571-7879 E-mail:shige@tokai.ac.jp

図1:メルトポンドとメルトポンド直下の海氷の栄養塩サイクルの概念図。

図2:メルトポンド内部の水中写真(a)、メルトポンド直下海氷の採取の様子(b)、ブロック状のメルトポンド直下海氷(c)、メルトポンド直下海氷上部に溜まった有機物(d)、有機物(e)及び藻類(f)の拡大写真。

図3:メルトポンド直下海氷の栄養塩(溶存無機窒素)の鉛直分布(a)。メルトポンド(灰色部分)の直下海氷上部で濃度が高くなっている。メルトポンドの栄養塩鉛直分布(b:溶存無機窒素、 c:リン酸塩)。積雪融解水流入により上部に溶存無機窒素及び海水との交換によりリン酸塩が供給されている。