2025年11月5日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人 北海道大学
国立大学法人北海道国立大学機構 北見工業大学
国立極地研究所の猿谷友孝学術支援技術専門員・藤田秀二教授、北海道大学の宮本淳教授らの研究グループは、南極ドームふじ基地で 2007年までに掘削された深さ3,035メートルの氷床コアの最深部約600メートル領域(ドームふじ全厚の約20%に相当)を対象に、氷の中で結晶がどの方向を向いているか(結晶配向)とその微細な構造を詳しく調べました。
研究グループが独自に開発・改良を重ねてきた特殊な測定手法を使って、これまでにない高い精度で氷の結晶の向きを連続的に解析した結果、氷の結晶配向の変化が氷に含まれる不純物の量や再結晶化(氷の組織が作り変わる過程)に大きく影響されることを明らかにしました。
これらの発見は、氷がどのように流れ動くかを理解する上で欠かせないものであり、今後の南極氷床の変動や海面上昇の予測精度を高めるうえで重要な手がかりです。

ドームふじ氷床コア深部(深度2,500m付近)のアイスコアの写真。直径94mmの円柱状の氷の表面に、光の反射の異なる多数の領域がパッチ状に浮き出ている。この不均一な光の反射の特徴は、このアイスコアが多数の異なる配列方位をもつような結晶粒からなる「多結晶構造」をもつことを反映している。本研究では氷床の最も深い約20%に相当する深度領域について、多結晶のもつ結晶配列の特徴と微細構造を明らかにした。(国立極地研究所 藤田秀二 撮影)
南極大陸の中央部に位置するドームふじ基地は、南極で2番目に高い標高約3,800メートルに達する氷床の頂上にあります。図1はその位置と氷床の厚さ分布を示しています。ドームふじでは、氷床深部ほど氷の結晶の向きが鉛直方向に揃う傾向が知られていますが、その詳細な変化を追うには従来の解析手法では限界がありました。研究グループは、この難題を克服するため、結晶配向ファブリック(多数の氷結晶の向きの分布)を高い精度で連続的に測定し、その変化の要因を解明することを目指しました。本研究は、この“どこで・どれだけ・なぜ変わるか”をつなぐ連続プロファイルを提示します。
研究グループは、これまでに独自に開発・改良を重ねてきた誘電異方性計測装置(注1)を用い、氷床コアの結晶の向きを非破壊で連続的に測定しました。これにより、結晶配向ファブリックを高精度・高解像度で明らかにでき、氷床コア全体にわたる詳細な変化を初めて捉えました(図2、図3)。本研究では、この誘電異方性計測に加えて、ラウエX線回折法(注2)による結晶方位の精密解析(c軸・a軸の分布)と、光学顕微鏡による微細構造観察を組み合わせ、氷床深部の結晶組織とその形成過程を総合的に明らかにしました。これにより、“それらがどこで変わり始めるか”をコア全体で追えるようになりました。
結晶配向の変化は不純物と再結晶化で説明できることがわかりました。解析の結果、氷温が融点に近づいていくドームふじ氷床コアの深部では、地熱の影響(注3)を受けて氷の結晶の向き(c軸の集中度)が深さによって大きく変化し、その変動が不純物の濃度と再結晶化の進行度に強く関係していることが明らかになりました(図2)。特に、鉱物性粉塵などの不純物を多く含む層(比較的寒冷な時期に堆積した層)では、結晶の向きが一方向に揃った状態が保たれる一方、不純物が少ない層(比較的温暖な時期に堆積した層)では結晶配向が乱れ、再結晶化が活発に進んでいました(図4)。このことは、氷中の不純物の少なさが結晶の再構成を促し、結果として氷の流動特性を変化させることを示しています。
さらに、深度約2,580メートル以深では、結晶の配向や氷の層自体が鉛直方向から大きく傾いており、氷床底部で単純せん断変形が生じている可能性が示されました。これらの結果は、南極氷床が深部でどのように変形・流動しているのかを理解するうえで重要な手がかりとなります。
氷床内の結晶配向ファブリックは、氷床の変形・流動しやすさといった力学特性を決定づける要素です。特にドームふじのような内陸氷床の頂部は氷床流動の起点(分水嶺)であり、この地点の結晶配向状態が下流方向の氷の流動特性を左右します。本研究で得られた高解像度かつ高精度な結晶配向ファブリックの全層プロファイルは、氷床力学モデルに現実的なパラメータを与えることを可能にし、将来の南極氷床の挙動予測に貢献します。氷床変動予測は海面上昇の見積もりに直結するため、本成果は地球温暖化に伴う海面上昇の将来予測をより確かなものにします。
掲載誌:The Cryosphere
タイトル :Development and fluctuation of crystal orientation fabric in the deep sections of the Dome Fuji ice core, Antarctica: impacts of dust particles and migration recrystallization(南極ドームふじ氷床コア深部における結晶配向ファブリックの発達と変動:不純物粒子と移動を伴う再結晶化の影響)
著者 :
猿谷 友孝(国立極地研究所 共同研究推進系 アイスコア研究センター 学術支援技術専門員)
宮本 淳(北海道大学 大学院教育推進機構 教授)
藤田 秀二(国立極地研究所 先端研究推進系 気水圏研究グループ 教授)
東 久美子(国立極地研究所 先端研究推進系 気水圏研究グループ 特任教授)
平林 幹啓(国立極地研究所 共同研究推進系 アイスコア研究センター 特任助教)
堀 彰(北見工業大学 准教授)
五十嵐 誠(国立極地研究所 特任研究員、現所属:丸文株式会社)
飯塚 芳徳(北海道大学 低温科学研究所 教授)
亀田 貴雄(北見工業大学 教授)
大野 浩(北見工業大学 准教授)
繁山 航(総合研究大学院大学、現所属:日本電子株式会社)
津滝 俊(国立極地研究所 先端研究推進系 気水圏研究グループ 助教)
責任著者:猿谷・宮本・藤田
URL:https://tc.copernicus.org/articles/19/2365/2025/
DOI:10.5194/tc-19-2365-2025
論文公開日:2025年7月3日
本研究はJSPS科研費(基盤研究S、JP18H05294、および基盤研究A、JP24H00760)の助成を受けて実施されました。
(注1)誘電異方性計測装置
氷の誘電特性の方向差(異方性)を測定して結晶配向を推定する非破壊的手法の装置。
(注2)ラウエX線回折法
X線の回折パターンから結晶の向きを求める方法。非破壊で高精度に結晶配向を解析できる。
(注3)地熱の影響
南極やグリーンランドの氷床は、大陸の下にあるマントルから伝わってくる熱(地熱)によって、深度が深いほど氷の温度が上昇する。このため、氷の最深部と大陸岩盤の界面は、氷の融点あるいは融点に近い温度となる。

図1:ドームふじの位置と、掘削地点近傍の氷厚(氷床の厚さ)分布
(a)デジタル標高モデル(Bamber et al., 2009)による氷床表面高度。ドームふじは南極で2番目に高いドーム状の頂部に位置する。
(b)72km×72kmの範囲、(c)580m×580mの範囲における氷厚の分布。(b)および(c)の地図中央付近の赤/黒の小さな十字印は、ドームふじ氷床コアの掘削地点を示す。座標軸はポーラーステレオ投影で表記し、矢印は真北(True North)を示す。
(c)では、氷厚が薄い領域を赤、厚い領域を青で表示し、両者の境界は氷厚3000mで区切っている。太線の緑色破線は局所的なトラフ(くぼ地)の存在を示す。掘削地点はこのトラフの縁にあり、氷床下の水の推定排水経路(Tsutaki et al., 2022)に近接する。(c)には、偏波レーダー探査(Fujita et al., 2006)から推定された単極型(シングルポール)ファブリックの伸長主軸(2軸)の方位を大きな赤い十字で示す。

図2:氷の結晶の向き(結晶配向ファブリック)の変化と、アイスコア中のさまざまな性質との関係
この図は、氷床コアの深さによる“結晶の向きの変化”を、他の指標と並べて読み取れるよう整理したもの。特に、氷に含まれる不純物(ダスト粒子)の多い層と少ない層で結晶の向きの揃い方(集中度)が大きく異なることが分かる。上段のグラフでは、誘電異方性(Δε)やX線回折によって求めた値から結晶の配向の強さを示し、下段のグラフでは、結晶の大きさや層の傾き、温度、同位体比、不純物濃度など、他の指標との対応関係を示している。灰色の網掛けは間氷期、茶色の網掛けは不純物を多く含む層を表す。
(a)~(j)の各項目は以下の通り。
(a)誘電異方性計測法(DTM)による誘電異方性(Δε)の平均値/生データと、ラウエX線回折法から得た固有値(eigenvalues)。いずれもc軸集中度の尺度。固有値の不確かさについては、サンプリング結晶粒数に基づき本文で議論。
(b)誘電異方性(Δε)の標準偏差(SD)。
(c)ラウエX線回折データに基づく、c軸クラスターに直交する平面に対するc軸角度分布。特定領域におけるc軸の存在確率を等高線で表示。
(d)a軸分布密度の標準偏差(SD)によるa軸配向の不均一性。
(e)結晶粒径データ。
(f)目視観察に基づく層理とc軸クラスターの傾斜角およびその中央値。オレンジ線は10測定点ごとの平滑化結果。
(g)年層厚および鉛直圧縮度(薄化関数)の年変動。
(h)掘削孔内温度および掘削孔傾斜。
(i)酸素同位体比(δ¹⁸O)。海洋酸素同位体ステージ(MIS)を付記。
(j)ダスト粒子濃度。
灰色の網掛けは間氷期、茶色の網掛けは不純物濃集層(不純物が多い層)を示す。

図3:深度2600~2820mにおける誘電異方性(Δε)、結晶粒径、およびダスト濃度の詳細比較
(a)~(c)は、それぞれの拡大プロファイルを示す。これらの図では、結晶粒径とダスト濃度を対数スケールで表示している。結晶粒径およびダスト濃度のプロファイルは、2.5m範囲で平滑化しており、結晶粒径データについては0.5m間隔に補間後、平滑処理を行った。茶色で示した部分(ゾーンBおよびD)は、不純物を多く含む層(不純物濃集層)を表す。不純物が多い層と不純物が少ない層を区分するダスト粒子濃度の境界値は、およそ30ppbvである。
(d)はΔε値とダスト濃度の散布図、(e)は結晶粒径とダスト濃度の散布図を示す。各パネルの凡例内には、相関係数(r)、サンプル数(n)、および有意確率(p値)を記載している。A~Eは左側パネルに示す深度ゾーンに対応しており、そのうちゾーンBおよびDが不純物濃集層(不純物が多い層)である。

図4:氷期・間氷期における微細構造の代表例
本研究で観察された代表的な微細構造の例を示す。不純物を多く含む氷(パネルa:深度2648m、ダスト濃度約270ppbv;パネルc:2759m、約137ppbv)、不純物の少ない氷(パネルb:2685m、約10ppbv;パネルd:2872m、約3ppbv)、および深部の不純物が多い氷(パネルe:2907.5m、約80ppbv)の5例を示す。
各例では、交差偏光板下で薄片に白色透過光を当てた薄片写真、光学式c軸方位自動計測装置で得たc軸方位分布(結晶配向ファブリック)、および顕微鏡画像を併載する。顕微鏡画像の細い黒線は結晶粒界を示し、薄片裏面の粒界はより細い線として現れる。
パネル(a)(c):垂直から明瞭に傾いたc軸方位をもつ微細結晶粒が多数確認される。粒はまばらに分布し、粒径は概ね1mm以下。扁平(2次元伸長)で傾きをもつ粒も見られ、不純物が多い層で顕著、不純物の少ない層では見られない。
パネル(b)(d):より粗大な結晶粒が支配的で、c軸方位は垂直から系統的にずれる。不純物濃集層と比べ、粗大粒は画像内で占有面積が大きく、直径は数mmに達する。最も深いサンプル(d,e)では、結晶粒界が直線的に配列し、亜結晶境界が少ない特徴が見られる。
パネル(e):不純物濃集層の例で、(a)(c)より粒径は粗いが、傾いた扁平粒の存在は共通する。c軸が垂直から明確にずれた粒は画像中の一部に限られる。
誘電異方性Δεは、周囲と著しく異なるc軸方位をもつ粒の体積比に影響される。そのため、大きな結晶粒の存在もΔεに強く影響する。Δεはマイクロ波ビーム内の体積加重平均として算出されるため、周囲と異なるc軸方位の粒が多い/大きいほど、Δεは低下傾向を示す。
研究内容について
国立極地研究所 先端研究推進系 アイスコア研究センター 猿谷 友孝(さるや ともたか)
Tel:042-512-0761 E-mail:saruya@nipr.ac.jp
北海道大学 大学院教育推進機構 宮本 淳(みやもと あつし)
Tel:011-706-8052 E-mail:miyamoto@high.hokudai.ac.jp
国立極地研究所 先端研究推進系 気水圏研究グループ 藤田 秀二(ふじた しゅうじ)
Tel:042-512-0679 E-mail:sfujita@nipr.ac.jp
報道について
国立極地研究所 広報室
Tel:042-512-0655 E-mail:koho@nipr.ac.jp
北海道大学 社会共創部 広報課
Tel:011-706-2610 E-mail:jp-press@general.hokudai.ac.jp
北見工業大学 企画総務課広報戦略係
Tel:0157-26-9116 E-mail:soumu05@desk.kitami-it.ac.jp
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