イッカクが水中録音機器に接触することを発見
~係留系の安全性に疑問を提起~

2025年12月15日

ポイント

北海道大学北極域研究センターのポドリスキ エブゲニ准教授、国立極地研究所北極観測センターの小川萌日香特任助教、北海道大学大学院水産科学研究院の大槻真友子特任助教、長谷川浩平助教、同大学低温科学研究所・北極域研究センターの杉山 慎教授らの研究グループは、イッカクが水中録音機器に接触することを発見しました。

海洋観測において、水温計など海洋観測機器を海中に固定し自動的にデータを記録する係留系という仕組みがあります。係留系に水中録音機器を取り付け、クジラなど海棲哺乳類の鳴音を記録し、分布や行動を調べることができます。本研究では、グリーンランド北西部カナック村周辺において水中録音機器を2年以上係留し、イッカクの行動生態を明らかにすることを目的に計4,000時間以上の録音を得ました。その中からイッカクが247回も録音機器に接触していることが分かりました。録音機器には、イッカクが機器にノックする音、擦り付ける音も入っていました。また、餌を捕る時に出すエコロケーションクリックスが、まるで餌に近づくように徐々に大きくなっていることも確認できました。以上の結果から、水中録音機器の係留によりイッカクの行動に影響を与えていることが明らかとなり、手法の安全性に疑問が残りました。今後、観測用の係留ロープを短くするといった係留系のデザインを工夫することにより、本研究のような影響を最小限に抑えることができると考えています。

なお、本研究成果は、2025年11月12日(水)公開のCommunications Biology誌にオンライン掲載されました。

写真左:水中録音機器。長さ53cm、直径6cmの機器(大槻真友子撮影)
写真中:水中録音機器を海に投入するところ(小川萌日香撮影)
写真右:調査地で先住民の伝統的な捕鯨活動によって捕獲されたイッカクのオス(大槻真友子撮影)

背景

海洋観測において、水温計や塩分計といった海洋観測機器を海中に固定し自動的にデータを記録する係留系という仕組みがあります。係留系に水中録音機器を取り付け、クジラなど海棲哺乳類の鳴音を記録し、分布や行動を調べることができます。本研究では、その手法を用い北極海に生息するイッカク(Monodon monoceros)の鳴音から行動生態を理解することを目的としました。

研究手法

北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)の一環として、2022年8月〜2024年5月にかけて、グリーンランド北西部カナック村周辺のフィヨルド(イングレフィールド湾)で調査しました。190〜400mの海底3ヶ所に水中録音機器を係留し(図1)、20分ごとに4.5分間の間欠録音で水中音を記録しました。

研究成果

計4,000時間以上の録音を得ることができました。その中でイッカクによる計247回の接触音が確認できました(図2)。間欠録音であったため、実際にはイッカクが主に来遊する夏季の2か月間で最大約484〜613回の接触があった可能性が示唆されました。これは1日あたり平均10〜11回に相当すると推定されます。また、「ノック音」や「擦る音」が録音されており、イッカクが録音マイク付近に体を当てたり、擦り付けたりした音ではないかという仮説も示しました。3ヶ所の録音機器全てに接触音が記録されており、偶発的な行動ではなく意図した反復行動であることが示唆されました。

イッカクが録音機器に近づく理由として、イッカクは好奇心から近づいていた可能性が考えられます。また、イッカクの胃内容物分析から、調査海域におけるイッカクの主な餌生物はホッキョクダラであったことが確認できました(図3)。そのため海底近くでホッキョクダラなどの餌を探す過程で、録音機器を餌生物と誤認していた可能性も考えられます。

以上のことから、水中録音機器の係留によりイッカクの行動に影響を与えていることが明らかとなり、係留系の安全性に疑問が残りました。そのため、自動海洋観測による野生動物への影響を考慮した手法を考えていく必要があります。

今後への期待

本研究から、観測用の係留ロープを短くするなど係留系のデザインを工夫することにより、イッカクの行動への影響を最小限に抑えることができると考えています。また、野生動物と産業・科学機器との相互作用を理解することで、海洋観測による野生動物へ与える影響を減らし、自動観測の精度や解釈を改善できると考えています。

本研究は、捕鯨を伝統とする現地住民と共同で実施されました。イッカクの生態に関する本研究成果を彼らと共有することで、グリーンランドの伝統文化と水産資源の保全に貢献することが期待されます。

謝辞

本研究は、文部科学省the Arctic Challenge for Sustainability II/III (ArCS II/ III) project, Program Grant No. JPMXD1420318865/JPMXD1720251001、北海道大学DX Scholarship JST SPRING Grant No. JPMJSP2119、JSPS科研費JP24K02093、JP25H00452の助成を受けたものです。

論文情報

論文名:Repeated narwhal interactions with moorings challenge safety assumptions of passive acoustic monitoring in the Arctic(イッカクによる係留系への接触が北極海における受動式音響モニタリングの安全性に疑問を投げかける)
著者 :
Evgeny A. Podolskiy1、小川萌日香2、大槻真友子3、長谷川浩平3、杉山 慎1、41北海道大学北極域研究センター、2国立極地研究所北極観測センター、3北海道大学大学院水産科学研究院、4北海道大学低温科学研究所)
雑誌名:Communication Biology(生物科学の専門誌)
DOI:10.1038/s42003-025-09106-4
公表日:2025年11月12日(水)(オンライン公開)

問い合わせ先

北海道大学北極域研究センター 准教授 ポドリスキ エブゲニ
Tel:011-706-9074 E-mail:evgeniy.podolskiy@gmail.com

北海道大学大学院水産科学研究院 特任助教 大槻真友子(おおつきまゆこ)
Tel:0138-40-8832 FAX:0138-40-8832 E-mail:motsuki@ees.hokudai.ac.jp

配信元

北海道大学社会共創部 広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
Tel:011-706-2610 FAX:011-706-2092 E-mail:jp-press@general.hokudai.ac.jp

国立極地研究所 広報室(〒190-8518 東京都立川市緑町10-3)
Tel:042-512-0655 E-mail:koho@nipr.ac.jp

参考図

図1:イングレフィールド湾における氷河フィヨルド内の海底係留のイメージ

図2:イングレフィールド湾におけるイッカクによる接触音検出イベントの経時的変動(上2022年トレイシー氷河沖、下2023年ヘルプリン氷河沖)。赤矢印は検出の発生、黒線は検出された累計イベント数を示す。青線は、録音の開始と終了時期を示す。8月下旬から検出が多くなっていることが分かる。

図3:イッカクの胃内容物から確認された2種類のホッキョクダラの耳石((a)Boreogadus saida、(b)Arctogadus glacialis)。白色のスケールバーは1cm。たくさんのホッキョクダラを捕食していることが分かる(小川萌日香撮影)。