ヘリコプターを用いた東南極域の大規模海洋観測に初成功
~東南極で最も融解しているトッテン氷河・棚氷への高温水塊の流入経路を特定~

2023年9月12日
国立大学法人北海道大学
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

  • 世界初となる、ヘリコプターを用いた南極域の大規模海洋観測を実施。
  • 砕氷船が入れない海域で氷の割れ目からセンサーを投下し、広大な領域の観測に世界で初めて成功。
  • 東南極で最も融解しているトッテン氷河・棚氷への高温の水塊の流入経路を世界で初めて特定。

北海道大学低温科学研究所の中山佳洋助教、青木茂准教授、国立極地研究所の田村岳史准教授らの研究グループは、第61次南極地域観測事業の一環として、海上自衛隊の協力のもとヘリコプターを用いた海洋観測を実施し、東南極で最も融解しているトッテン氷河・棚氷(注1)への高温の水塊の流入経路を世界で初めて特定しました。

日本が集中観測を実施している東南極域に位置するトッテン氷河・棚氷は、氷が全て損失すると約4メートル海面が上昇するとされ、その影響の大きさから世界的に注目を集めています。南極の氷が失われる原因は、暖かい海水が棚氷下部へ流入することです。そのため、南極沿岸域へ流れ込む温かい水塊の流入経路の特定とその変動の解明が、南極氷床による海面上昇を予測するための喫緊の課題となっています。しかし、トッテン氷河・棚氷付近の大部分の海域は、分厚い海氷や多数の巨大な氷山に阻まれ海面がきつく閉ざされることが多く、世界各国の砕氷船をもってしても、これらの海域に侵入することが困難であるため、これまで海洋観測ができていませんでした。

そこで、研究グループは南極観測船「しらせ」からヘリコプターで観測点へと移動し、AXCTD及びAXBTと呼ばれる2種類の海洋観測測器を投下し、これらのセンサーから送られてくるデータを取得することで、トッテン氷河・棚氷沖全67地点の海の中の温度、塩分を調査しました。このようなヘリコプターを使った大規模な海洋観測に成功したのは、南極域では初のことです。また、得られたデータの解析により、トッテン氷河・棚氷への高温の水塊の流入の全容を捉えることにも成功しました。

本研究の成果は、日本時間2023年9月11日(月)午後10時公開のGeophysical Research Lettersにオンライン掲載されました。

図1:ヘリコプターによる観測地点、観測点の航空写真、センサー投下の様子

背景

南極大陸には、地球上の氷の約90%が存在し、南極の氷が全て融解すると地球の平均海面は約60メートル上がるとされています。日本が集中観測を実施している東南極域に位置するトッテン氷河・棚氷は、氷が全て損失すると約4メートル海面が上昇するとされ、その影響の大きさから世界的に注目を集めています。人工衛星の観測によっても、トッテン氷河の氷が海に流出したことにより、1979年から2017年の間に、0.7mm程度、海面が上昇したと推定されています。

南極の氷が失われる原因は、暖かい海水が棚氷下部へ流入することです。2015年以降、オーストラリア、日本、アメリカによって、トッテン氷河・棚氷付近で海洋観測が実施され(図2、橙丸で囲った領域)、水温が約0度の水塊があると示されたことで、海の影響によってトッテン棚氷が融解していることが分かりました。海水中において氷の結氷点はマイナス2度程度であり、十分氷を融解することのできる温度です。そのため、この温かい水塊の流入経路の特定と、その変動メカニズムの解明が、トッテン氷河・棚氷の融解による海面上昇への影響を予測するための、 喫緊の 課題となっています。しかし、トッテン氷河・棚氷付近の海域は、分厚い海氷や多数の巨大な氷山によって阻まれ海面がきつく閉ざされることが多く、世界各国の砕氷船をもってしても、これらの海域(図2、青丸で囲った領域)に侵入することはできませんでした。

図2:(左)第61次南極地域観測隊(JARE61:2019年12月)よりも前に日本/海外の砕氷船によって実施された海洋観測点。赤線は想定される温かい水塊の経路、橙丸は2015年以降に温かい水塊が観測された場所、青丸は温かい水塊の経路上と想定されるが観測が存在しない場所をそれぞれ示す。(右)JARE61においてヘリコプターを用いて実施された観測点。橙線は、温かい水塊の流入が確認された観測点を示す。

船舶以外の観測方法としては、航空機を使うことができます。過去に、北極、グリーンランド、南極で飛行機を利用した観測が行われてきました。しかし、飛行機ではホバリングができないため、大きく海面が開いた海域にしか観測センサーを投下することができません。こういった事情により、海氷や氷山にきつく閉ざされた海域の海洋観測を行うことは、これまで基本的に難しいと考えられてきました。

研究手法

研究グループは、第61次南極地域観測事業の一環として、ヘリコプターを用いた海洋観測を実施しました。南極観測船「しらせ」からヘリコプター(図3)に乗り込み、観測点へと移動し、AXCTD及びAXBTと呼ばれる2種類の海洋観測測器を投下します。AXCTD/AXBTセンサーは、ヘリコプターから投下されると、落下しながらパラシュートを開き、徐々に海面へと降下して着水します(図4)。着水すると、AXCTD/AXBTは水面に浮かぶデータ送信局と海底へと降下するセンサー部分の二つに分離します。送信局から発信されるデータを、ヘリコプターに設置したアンテナで受信することで、海の中の温度、塩分などの水塊構造を調査します。ヘリコプターを用いたことで、短時間で広域における観測を実現することができ、6日間で67地点の海洋観測を成功しました。また、砕氷船では近づくことさえできない氷山や海氷に覆われた海域にも侵入し、非常に小さな海氷の隙間から、海中にセンサーを投下することができました。

図3:(左)センサー投下のために用いられたヘリコプター。海上自衛隊が運航する「しらせ」に搭載されている。(右)観測測器投下のために開けられた後方ハッチから「しらせ」を捉えた写真。

図4:ヘリコプターからAXCTDセンサーを投下している様子。

研究成果

トッテン氷河・棚氷沖の大陸棚上を東西南北に広くカバーする海洋観測から、東経116.5-120.5度と幅約150kmの幅広い範囲で温かい水塊の流入があることが分かりました(図5)。結氷点よりも約1-2度温かい水塊は、海底から50-100mの部分に存在し、この水塊がトッテン氷河・棚氷に向かって流入していることが分かりました。トッテン氷河・棚氷への高温の水塊の流入の全容を捉える世界初の成果です。

図5:図1のラインAに沿った断面の水温分布。トッテン棚氷に向かって、結氷点よりも1~2度高い0度前後の暖かい海水が150kmもの幅で海底付近を流入していることを世界で初めて捉えた。

さらに、本研究は、ヘリコプターを用いた南極海洋観測の可能性を示しました。これまでにアメリカ、オーストラリア、日本の合計数カ月にわたる海洋観測が行われてきましたが、厳しい氷況(海氷、氷山)によって大陸棚上の観測はほとんど限られた場所でのみ実施されてきました(図2)。今回JARE61で実施されたヘリコプターを用いた海洋観測は6日間のみでしたが、過去の観測領域の倍以上の範囲の未到達領域の観測を成功させました。また、例えば、トッテン氷河・棚氷沖の幅約20メートルの海氷の割れ目(図6a)、モスクワ大学棚氷付近の氷山と海氷に囲われた幅約15メートルの氷の割れ目(図6b-d)など、砕氷船では到達できない場所の観測も実施できました。ヘリコプターと砕氷船の両方を用いることで、より効率的に重点的な観測を実施するべき場所を特定できること、また、ヘリコプターでしか到達できない場所での観測を実施できることなど、新たな南極海洋観測の展開を示唆しました。

図6:(a)トッテン棚氷前面部の観測点。全て幅約30メートルの海氷の割れ目。(b)モスクワ大学棚氷沖の観測点。これらの観測点は幅15-30mの氷の割れ目。(c,d)センサーの投下の様子とC25の観測点の航空写真。

今後への期待

トッテン氷河・棚氷への高温の水塊流入の経路が特定できたことで、砕氷船を用いた重点的な観測を実施すべき場所が特定できました。本研究で得られた知見は、今後の海洋観測計画や数値モデル開発に役立てられます。

また、ヘリコプターを用いた南極沿岸域観測が棚氷へ向かう高温水塊の流入経路の特定に有効であることが示されました。今後、類似した観測が日本を含め、国際的に継続されることが期待されます。例えば、オーストラリアでは、East Antarctic Grounding Line Experiment(EAGLE)というプロジェクトが立ち上げられ、日本も共同に、航空機を用いた南極の沿岸域の観測を実施することが計画されています。

発表論文

掲載誌:Geophysical Research Letters
タイトル:Helicopter-based ocean observations capture broad ocean heat intrusions towards the Totten Ice Shelf(ヘリコプターを用いた観測によるトッテン氷河・棚氷下部への高温の水塊の流入経路の解明)
著者:
 中山 佳洋(北海道大学低温科学研究所)
 Pat Wongpan(タスマニア大学)
 Jamin S. Greenbaum(スクリプス海洋研究所)
 山崎 開平(国立極地研究所(当時))
 野口 智英(マリン・ワーク・ジャパン)
 清水 大輔(国立極地研究所)
 柏瀬 陽彦(苫小牧工業高等専門学校)
 Donald D. Blankenship(テキサス大学オースティン校)
 田村 岳史(国立極地研究所)
 青木 茂(北海道大学低温科学研究所)
DOI:10.1029/2022GL097864
URL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1029/2022GL097864
論文公開日:2023年9月11日

注1:棚氷
海へと押し出され、陸上から連結して洋上にある氷のこと。

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研究内容について
北海道大学低温科学研究所 助教 中山佳洋(なかやまよしひろ)

報道について
北海道大学社会共創部広報課
国立極地研究所広報室