世界で初めて南極棚氷下の大規模地層掘削を実施
西南極ロス海棚氷下での地層掘削計画(SWAIS2C)の開始について

2023年11月21日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人 北海道大学
国立大学法人 富山大学

この度、2023年11月から南極での活動を開始する「西南極ロス海棚氷下掘削計画(Sensitivity of the West Antarctic Ice Sheet to 2 Degrees Celsius of Warming、略称SWAIS2C)」に、国立極地研究所の菅沼 悠介教授、北海道大学低温科学研究所の関 宰准教授、富山大学学術研究部理学系の堀川 恵司教授が参加します。

現在、南極大陸の西半球部である西南極では、氷床(注1)の融解が始まっており、将来の温暖化によって大幅な海面上昇が懸念されています。本プロジェクトでは、西南極の棚氷縁から約800km内陸のロス棚氷(注2)最奥部で大規模な海底堆積物掘削を実施することで、過去の温暖期に西南極氷床がどの程度内陸まで融解していたかを直接的に明らかにします。これにより全球気温が産業革命前より+1〜2℃に到達した近未来の氷床融解と海面上昇の予測の基礎となる重要な科学的知見を引き出します。日本から参加する3名の研究者は、掘削した試料の地球化学的な分析を担当します。

図1:海底堆積物の掘削位置(赤丸)

※本プレスリリースはSWAIS2C事務局からの発表を翻訳のうえ追補したものです。
原文(英語)は公式サイトをご確認ください。
https://www.swais2c.aq/media/antarctic-mission-the-discovery-for-our-lifetime

研究の背景

産業革命(1850年)以降、化石燃料(石炭、石油、天然ガス)の燃焼を含む人間活動によって、地球の平均気温は1.2℃上昇しました。その結果、海水の熱膨張に加えて、地球上の氷河や極域の氷床が融解を始め、世界中の海面は平均20cm上昇しています。今後2100年までにさらに1.4℃から4.4℃の気温上昇が予想されており、その結果としてさらなる海面上昇が想定されますが、もし南極氷床が急激に融解した場合には、その上昇幅は1から2mにまで到達する可能性もあります。海面上昇は、沿岸地域の消失だけでなく、水害増加や食糧生産減など社会にも甚大な影響を与えるため、確かな将来予測が求められています。しかし、現状の将来予測には無視できない不確実性が存在し、その要因の一つは、南極氷床の融解メカニズムに対する理解不足に由来します。

これまで行われてきた研究によって、地球全体の平均気温が産業革命前より1から2℃程高かった過去の温暖な時代(例えば、最終間氷期、12.5万年前ごろ)には、海面が現在よりも数m以上も高かったことが明らかになってきました。つまり、ロス棚氷を始めとする南極の巨大棚氷は、現状では安定を保っていますが、過去の温暖期には大きく崩壊し、南極大陸上の氷床が大規模に流出していた可能性があります。現在、「世界の平均気温上昇を2℃未満に抑える」というパリ協定の目標を達成するために様々な政策が行われていますが、1から3℃の温暖化に対して、西南極氷床がどの程度融解するのかについては、南極氷床のごく近傍の地質記録からの直接的な証拠がほとんど得られていないため、まだよくわかっていません。このような状況を打開するため、SWAIS2Cプロジェクトでは南極ロス棚氷の最奥部で地層試料を採取し、過去の棚氷の崩壊と当時の海洋環境を復元することで、過去の温暖期にロス棚氷が崩壊したのか、もし崩壊したとすれば、その規模と全球気候との関係を明らかにすることを目的としています。

研究の内容

SWAIS2Cプロジェクトは、南極ロス棚氷南東縁のニュージーランド基地を基点として、約800km離れた掘削地点まで移動し、世界で初めての棚氷下の地層掘削を実施します。これまで南極氷床や棚氷域は厚い氷に阻まれ、掘削船やボーリングマシンによる一般的な地層掘削は不可能でした。SWAIS2Cプロジェクトでは、厚さ500mを超える棚氷を熱水掘削で貫通させ、海底下200mまでの大規模な掘削を可能とする地層掘削システムを独自に開発しました。このシステムにより、過去の温暖期における南極氷床融解の有無や、当時の環境条件を記録した地層試料を回収します。現地での活動は2023年11月に始まり、2024年初頭まで続けられる予定です。また、2024年11月には2地点目での掘削が開始される予定です。

図2:掘削方法について

このプロジェクトによって、地球全体の平均気温が産業革命前より1から2℃程高かった過去の温暖期における南極氷床の状態を明らかにし、温暖化地球における南極氷床の安定性を調べます。この研究の成果は、現在の将来予測モデルの評価や校正において重要な役割を果たし、近未来の南極氷床融解や海面上昇への寄与の予測精度向上に貢献するものとなります。

参加機関

SWAIS2Cプロジェクトにはニュージーランド、米国、ドイツ、オーストラリア、イタリア、日本、スペイン、韓国、オランダ、英国の10カ国、35の研究機関から120名以上の研究者が参加しています。日本からは、国立極地研究所、北海道大学低温科学研究所、富山大学学術研究部理学系から3名の研究者が参加します。この3名は日本国内で、ロス棚氷下から回収される地層試料の地球化学的な分析を行う予定です。

○国内のプロジェクトメンバー
菅沼 悠介 教授(国立極地研究所 先端研究推進系地圏研究グループ)
関 宰 准教授(北海道大学低温科学研究所)
堀川 恵司 教授(富山大学学術研究部理学系)

注1:氷床
降り積もった雪が、長い年月をかけて押し固められて形成された巨大な氷の塊のこと。南極大陸上の氷床を南極氷床と呼び、地球最大の氷の塊である。

注2:棚氷
氷床が海へと押し出された結果、陸上から連結して洋上にある氷のこと。

お問い合わせ先

研究内容について

国立極地研究所 先端研究推進系地圏研究グループ
菅沼 悠介 教授 E-mail:suganuma.yusuke@nipr.ac.jp

北海道大学低温科学研究所 
関 宰 准教授 E-mail:seki@lowtem.hokudai.ac.jp

富山大学学術研究部理学系
堀川 恵司 教授 E-mail:horikawa@sci.u-toyama.ac.jp

報道について

国立極地研究所 広報室
TEL042-512-0655 FAX042-528-3105 
E-mail:koho@nipr.ac.jp

北海道大学社会共創部広報課
TEL011-706-2610 FAX011-706-2092
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