長期観測から明らかになった南極の氷河湖決壊
~南極地域観測隊の航空写真と最新の衛星画像から過去60年間の湖面標高変動記録を構築~

2023年11月28日
北海道大学
国立極地研究所

ポイント

北海道大学低温科学研究所の波多俊太郎特任助教、土木研究所寒地土木研究所の川又基人研究員(南極観測時:総合研究大学院大学)、国立極地研究所の土井浩一郎准教授の研究グループは、日本の南極地域観測隊によって1960年代から撮影されてきた航空写真と、人工衛星データの解析から、南極・昭和基地近傍の氷河湖における60年間の水量変動を明らかにしました。

氷河湖決壊洪水は山岳地域で発生する代表的な災害ですが、これまで南極での報告はごくわずかで基本的な情報さえ不明な状況です。本研究では、南極氷床縁辺に位置する湖(神の谷池)における、1962~2021年の氷河湖表面標高測定を行い、1969~1971年と2017年に氷河湖決壊洪水が生じたことを明らかにしました。南極の氷河湖において氷河湖決壊洪水の繰り返しが確認されたのは初の事例です。これらの決壊イベントでは50m以上の湖面低下、7,000万立方メートル以上の排水量が見積もられ、南極の氷河湖決壊としては最大であったことが判明しました。さらに2017年の決壊イベントは南極の冬季に発生しており、冬季にも氷床底面水文環境が活発である可能性が示唆されました。

神の谷池の位置する宗谷海岸は日本の南極地域観測隊が拠点としている地域です。研究グループは、長期間にわたって南極地域観測隊の蓄積したデータに最新技術を適用することで、南極では稀有な氷床縁辺湖の変動記録の構築に成功しました。本研究は、様々な環境における氷河湖決壊洪水やアクセスの難しい南極氷床底面の水文環境研究について、貴重なデータを提供するものです。

本研究成果は、2023年11月27日(月)公開のScientific Reports誌にオンライン掲載されました。

南極・神の谷池の排水後の様子(川又基人撮影:2018年1月10日、第59次南極地域観測隊)

背景

氷河の脇に形成される氷河湖は突発的に決壊して決壊洪水を生じさせます。氷河湖決壊洪水は人家やインフラ破壊などの被害をもたらす災害であり、山岳地域の社会における重大なリスクとして認識されています。世界中の氷河湖が最近の30年間で急速に拡大する傾向にあり、氷河湖の詳細なモニタリング調査やリスク評価が世界各地で行われています。一方で南極では直ちに人々の生活への被害をもたらすものではないためリスク評価が進んでおらず、その報告はごく稀です。氷河湖の変動に注目したモニタリング観測などもほとんど行われておらず、氷河湖の分布すら十分に分かっていません。

第59次南極地域観測隊(2017~2018年;土井浩一郎隊長)の活動中に、南極・昭和基地近傍・スカルブスネス地域の神の谷池という氷河湖で湖面が大規模に変化した痕跡が確認されました。これまで永年結氷湖として認識され、湖氷で湖面が平坦であったはずの神の谷池において、現地では起伏に富む湖底地形が露出していました。このことは突発的な湖水の排出を示唆します。日本の南極観測行動域であるリュツォ・ホルム湾周辺の氷河湖でもモニタリングは行われておらず、神の谷池の水量変動や湖水の供給源などの情報は不明でした。

研究手法

研究グループは、日本の南極地域観測隊(南極観測隊)が撮影を継続してきた航空写真に着目しました。南極観測隊は南極・昭和基地を拠点としてリュツォ・ホルム湾を中心に活動しています。今回の研究で用いた航空写真は、南極観測の始まった1950年代から断続的に南極観測隊の活動の一部として国土地理院によって撮影されてきた航空写真です。同じ地域を覆う複数・多視点の写真に3次元形状復元技術を適用して解析することで、地表面の標高モデルを作成できます。湖を覆う地域の標高モデルを複数時期にわたって構築・比較することで、湖の水位・水量の変化を測定しました。さらに航空写真の解析に加え、高解像度な人工衛星画像を解析して得られる地形データや、衛星レーザー高度計の取得データ、さらに排水後の地形データから得られる湖底地形と衛星画像を併せて解析しました。南極観測隊発足初期から残る貴重な航空写真の解析に加えて、多様な人工衛星データを併せて解析することで、長期間にわたって湖の変動記録を構築することに成功しました。

研究成果

1962~2021年の期間における解析の結果、神の谷池では1969~1971年と2017年に突発的に氷河湖の湖面が低下したことが分かりました(図1)。各イベントで湖氷の表面高度の低下量はそれぞれ66mと55mに達し、排水量は7.1×107m3(東京ドーム約60杯分)に達していました。これまでの報告と比較したところ、神の谷池の決壊イベントは南極地域の氷河湖決壊としては最大の排水量を伴う決壊イベントであることが明らかになりました。また、二つの決壊イベントの間隔は約50年間であり、南極以外の他地域の氷河湖で発生する氷河湖決壊の周期(毎年~数年に一度)と比べて非常に長いことが分かりました。

神の谷池近傍の氷床表面に流出河川は見られず、近傍の他の湖でも決壊イベント前後で大規模な変化は確認されませんでした。湖に貯まった水によって、湖をせき止めていた氷(氷ダム)の底面に水路が開き、排水したと考えられます。また、レーダー衛星画像の観察から、2017年の決壊イベントは4~5月(南極の冬季)に発生したことが明らかとなりました。当該発生時期には気温は常に氷点下であり、降雨や強い降雪は確認されていないことから、湖への突発的な水の供給は考えられません。したがって冬季の氷河湖決壊の発生は氷河底面からの継続的な(あるいは持続的な)水の供給を示している可能性があり、この地域の氷床底面に活発な水文環境の存在を示唆しています。

今後への期待

本研究は、南極の氷河湖で決壊が繰り返し発生することを示す初めての事例となりました。神の谷池の長期的な水量変動(図2)は、他の地域で周期的に氷河湖決壊洪水が発生する氷河湖の水量変動と同様の傾向を示していますが、2度の決壊イベントでは神の谷池における氷河湖決壊が周期的に発生するか断定はできません。神の谷池で見られた2度の決壊イベント間隔は他地域で見られる氷河湖決壊の間隔よりもはるかに長いため、長期的な観測なくしては詳細を理解することはできません。神の谷池における今後の決壊洪水の有無や周期性、決壊メカニズムについて詳しく理解するために、詳細な氷床底面地形測量や南極における氷床縁辺湖の分布についてさらなる調査の継続が重要です。したがって今回の結果を受けて、南極の氷河湖モニタリング、及び南極氷床の底面地形測量研究への展開が期待されます。

参考図

図1:(a)研究対象地域・昭和基地近傍の衛星画像。(b)1969年及び(c)1971年の航空写真、(d)2017年2月及び(e)2017年10月の衛星画像。(f)1969~1971年及び(g)2016年9月~2017年10月の間の表面高度変化。これらの間の時期に氷河湖決壊が生じた。

図2:1962~2021年の(a)湖面標高及び(b)50年かけて貯まった湖水が突発的に放出された様子が見て取れる。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構による次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2119)、情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設による公募型共同研究ROIS-DS-JOINT(023RP2023)の助成を受けて実施されました。

論文情報

論文名:Outbursts from an ice-marginal lake in Antarctica in 1969–1971 and 2017, revealed by aerial photographs and satellite data(航空写真と衛星画像から明らかとなった、南極の氷河縁辺湖で1969–1971年と2017年に発生した氷河湖決壊)
著者名:
波多俊太郎1,2、川又基人3、土井浩一郎4,5 (¹北海道大学低温科学研究所、²北海道大学創成研究機構、³土木研究所寒地土木研究所、⁴国立極地研究所、⁵総合研究大学院大学)
雑誌名:Scientific Reports(英科学誌)
DOI:
10.1038/s41598-023-47522-w
公表日:2023年11月27日(月)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学低温科学研究所 特任助教 波多俊太郎(はたしゅんたろう)
メール hata@lowtem.hokudai.ac.jp
URL https://researchmap.jp/ShuntaroHata
※2023年11月24日~2024年3月21日(予定)の期間は南極渡航中のためjarakawa@lowtem.hokudai.ac.jpまでご連絡下さい。

国立極地研究所 准教授 土井浩一郎(どいこういちろう)
メール doi@nipr.ac.jp
URL https://researchmap.jp/7000007185

配信元

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