脈動オーロラの形状と宇宙から降り注ぐ電子のエネルギーの関係を解き明かす観測に成功

2024年9月27日
国立大学法人 電気通信大学
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人 総合研究大学院大学
国立大学法人 名古屋大学
国立大学法人 金沢大学
国立大学法人 東京大学
国立大学法人 大阪大学

ポイント

電気通信大学大学院情報理工学研究科 博士前期課程修了 伊藤ゆり氏(現 国立極地研究所 宙空圏研究グループ 特任研究員 兼 総合研究大学院大学 博士後期課程1年)、電気通信大学大学院情報理工学研究科情報・ネットワーク工学専攻の細川敬祐教授を中心とする研究グループは、ノルウェーのトロムソに設置されている全天型オーロラ撮像装置と、大型大気レーダーで観測されたオーロラや超高層大気の電子密度と、地球近傍の宇宙「磁気圏(※1)」で衛星観測された波動や電子のデータを比較することにより、点滅するオーロラ「脈動オーロラ(※2)」の形状、磁気圏から地球大気中に降り込んでオーロラ発光を引き起こす電子、および磁気圏における電子密度の管状構造「ダクト」の関係を明らかにしました。

最近の研究で、脈動オーロラの発生時には、地球大気中に降下してオーロラを光らせる電子のほかに、より高エネルギーの電子(相対論的電子)も降下して中間圏・上部成層圏のオゾン破壊を誘発することが示唆されています。本成果は、相対論的電子の宇宙空間における分布の可視化や地球大気中に降り込むメカニズムの解明につながることが期待されます。

背景

極域の夜を彩るオーロラは、地球近傍の宇宙空間に形成されている「磁気圏」から地球大気中に降り込んできた電子(降下電子)が地球大気中の窒素や酸素などの粒子と衝突することで発光します。「脈動オーロラ」の発光をつくり出す電子(脈動オーロラ電子)は一般的に10キロ電子ボルト(keV)程度のエネルギーを持っており、その多くは磁気圏の赤道面で発生する波「コーラス波動(※3)」によって散乱され宇宙空間から地球大気中に降下してきます。

最近の研究では、脈動オーロラが発生しているとき、脈動オーロラ電子よりも高いエネルギーを持った電子(相対論的電子)が同時に降下して、中間圏・上部成層圏のオゾン破壊を誘発していることが示唆されています。そのため、脈動オーロラの特性を理解することの重要性は高まっています。これまでに、脈動オーロラ電子のエネルギーが高まっているときに脈動オーロラの形状が斑状になるという観測例の報告がいくつかありました。また、コンピュータシミュレーションにより、脈動オーロラ電子のエネルギーが大きくなるためには、磁気圏を伝搬するコーラス波動が赤道面で発生した後に、地球に近い位置まで減衰せずに伝搬する必要があることが示唆されていました。しかし、それらの関係を支配する物理メカニズムを明らかにするために十分な条件を満たした、地上におけるオーロラ撮像装置と大気レーダー、および磁気圏における衛星の同時観測の事例がなく、観測的な解明には至っていませんでした。

手法

本研究では、脈動オーロラの形状と降下電子のエネルギーの関係を支配する物理メカニズムを明らかにするため、ノルウェーのトロムソに設置された全天型高速撮像カメラ、大型大気レーダー「EISCATレーダー(※4)」、および磁気圏を飛翔するジオスペース探査衛星「あらせ衛星(※5)」による脈動オーロラの同時観測が成立した2021年1月12日の事例を総合的に解析しました。

内容

同時観測で得られたオーロラ画像、超高層大気の電子密度、および磁気圏の波動と電子の時系列データの比較を行いました。超高層大気の電子密度は、エネルギーが高い電子が降下するほど低い高度で高くなるため、降下電子のエネルギーを逆算して推定することができます。その結果、発光している領域の境界が明瞭な「斑状」の脈動オーロラの発生、準相対論的電子(数十から100キロ電子ボルトの高エネルギー電子)の降下、およびコーラス波動の地球に近い位置までの伝搬が同時に観測されていたことを明らかにしました(図1)。

この同時に成立した関係から、「磁気圏の電子密度が管状に高く、あるいは低くなった構造『ダクト』が、コーラス波動の磁力線に沿った地球方向の伝搬を促し、さらにダクトの断面の形状を反映するようにして脈動オーロラの形状を決めている」という物理メカニズムを提案しました(図2)。また、このメカニズムを解析事例で証明するために、磁気圏の電子密度と脈動オーロラの発光の比較を行いました。そして、脈動オーロラの斑状構造に対応する磁気圏電子密度の空間変動を確認し、提案した物理メカニズムの妥当性を証明しました。

図1:2021年1月12日に光学機器、EISCATレーダー、あらせ衛星によって観測された時系列データ。オーロラの形状の違いに対応して、超高層大気の電子密度の様子、地球に近い位置おけるコーラス波動の観測の有無、降下電子のエネルギーが変化している。MLT(磁気地方時)、MLAT(磁気緯度)、Rはあらせ衛星の位置を表す指標である。MLATの大きさは磁力線に沿って地球に近いことを示しており、本研究において重要なパラメータである。

図2:観測結果から提案された物理メカニズムの模式図。磁気圏における電子密度の管状構造「ダクト」の有無によって、コーラス波動の伝搬の様子、降下する電子のエネルギー、および脈動オーロラの形状が変化する。

今後の期待

本研究では、地上と衛星の連携観測によって、脈動オーロラの形状、降下電子のエネルギー、および磁気圏のダクトの関係が観測的に明らかにされました。この結果は、脈動オーロラの形状を見ることでダクト構造の有無を把握することが可能になり、さらには宇宙天気予報の枠組みのなかで、磁気圏高エネルギー電子の生成・消滅プロセスを可視化することができることを示しています。しかし、これは一つの事例による解析であり、統計的な傾向は明らかになっていません。今後は、同様の事例を得るために、地上におけるオーロラ撮像装置とEISCATレーダー、および磁気圏におけるあらせ衛星による連携観測を継続して実施していく予定です。さらに、これまで得られてきた膨大なデータを利用し、脈動オーロラの斑状構造の特徴(くっきり度、大きさなど)、相対論的電子の降下、コーラス波動の地球近くまでの伝搬について、統計的な解析を進めていく予定です。

また、2025年以降には「EISCAT_3D」レーダー(※6図3)という世界最先端の大型大気レーダーシステムによる超高層大気の3次元観測が始まります。このEISCAT_3Dレーダーで得られる3次元データでは、これまで見ることができなかった脈動オーロラの発光が「ある」空間と「ない」空間における降下電子のエネルギーの違いを知ることができると考えています。さらに、衛星観測との同時観測を継続して行っていくことで、本研究で提案した物理メカニズムの理解が進み、相対論的電子の宇宙空間における分布の可視化やオゾン破壊への影響など宇宙天気予報に貢献していくことが期待されます。

図3:最先端の大型大気レーダー「EISCAT_3D」。約1万本のアンテナが並び、超高層大気の3次元観測を実現する。(国立極地研究所 伊藤ゆり撮影)

論文情報

論文雑誌名: Journal of Geophysical Research: Space Physics
タイトル: On the factors controlling the relationship between type of pulsating aurora and energy of pulsating auroral electrons: Simultaneous observations by Arase satellite, ground-based all-sky imagers and EISCAT radar
著者: Y. Ito, K. Hosokawa, Y. Ogawa, Y. Miyoshi, F. Tsuchiya, M. Fukizawa, Y. Kasaba, Y. Kazama, S. Oyama, K. Murase, S. Nakamura, Y. Kasahara, S. Matsuda, S. Kasahara, T. Hori, S. Yokota, K. Keika, A. Matsuoka, M. Teramoto, and I. Shinohara

共同研究グループ

伊藤 ゆり 研究実施当時電気通信大学大学院情報理工学研究科博士前期課程2年(現 国立極地研究所 宙空圏研究グループ 特任研究員 兼 総合研究大学院大学 博士後期課程1年)
細川 敬祐 電気通信大学大学院情報理工学研究科 教授
小川 泰信 国立極地研究所 宙空圏研究グループ/総合研究大学院大学 教授
三好 由純 名古屋大学 宇宙地球環境研究所 教授
土屋 史紀 東北大学大学院理学研究科 付属惑星プラズマ・大気研究センター 教授
吹澤 瑞貴 国立極地研究所 宙空圏研究グループ 特任研究員
笠羽 康正 東北大学大学院理学研究科 付属惑星プラズマ・大気研究センター 教授
風間 洋一 中央研究院天文及天文物理研究所 客員研究員
大山 伸一郎 名古屋大学 宇宙地球環境研究所 講師
村瀬 清華 国立極地研究所 宙空圏研究グループ 特任研究員
中村 紗都子 名古屋大学 宇宙地球環境研究所 特任准教授
笠原 禎也 金沢大学 学術メディア創成センター 教授
松田 昇也 金沢大学理工研究域 電子情報通信学系 准教授
笠原 慧 東京大学大学院理学系研究科 准教授
堀 智昭 名古屋大学 宇宙地球環境研究所 特任准教授
横田 勝一郎 大阪大学大学院理学研究科 准教授
桂華 邦裕 東京大学大学院理学系研究科 助教
松岡 彩子 京都大学大学院理学研究科 附属地磁気世界資料解析センター 教授
寺本 万里子 九州工業大学大学院工学研究院  准教授
篠原 育 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 教授

外部資金情報

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(20H01955、20H01962、21H01146、21H04518、21KK0059、22H00173、22K21345、23K22554、23K25925、24K00687)の助成を受けて実施されました。

用語説明

(※1)磁気圏
地球固有の磁場の影響が及んでいる領域のことである。太陽から惑星空間に噴き出している電気を帯びた粒(プラズマ)の高速流「太陽風」の影響を受けて、太陽と反対の方向に引き伸ばされた形をしている。

(※2)脈動オーロラ
数秒から数十秒で準周期的に脈を打つように点滅するオーロラで、真夜中付近から昼間側まで広い範囲で発生する。

(※3)コーラス波動
磁気圏で発生する自然電磁波であり、音に変換すると小鳥の声に聞こえることから「宇宙のさえずり」と呼ばれている。伝搬するときに同じ磁力線上を運動する電子の軌道を乱して、高エネルギー電子を地球大気中に降下させる。この電子が大気粒子と衝突することで脈動オーロラが発生する。

(※4)EISCAT(European Incoherent SCATter: 欧州非干渉散乱)レーダー
ノルウェーのトロムソに設置されている大型大気レーダーである。日本、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、英国、中国の6ヶ国によるEISCAT科学協会が運営している。大型のパラボラアンテナを用いて強力な電波を上空に向けて発射し、大気中で散乱され戻ってきた微弱な電波を検出することで超高層大気の観測をする。

(※5)あらせ衛星
2016年に打ち上げられた日本の科学衛星である。磁気圏には相対論的電子が多量に存在する「放射線帯」と呼ばれる領域があり、生成と消失を繰り返している。それがどのような過程で生成・消失しているのか、また、太陽風の擾乱によって引き起こされる宇宙の嵐がどのように発達するのかを明らかにすることを目的とする。

(※6)「EISCAT_3D」レーダー
EISCAT科学協会を中心とした国際共同計画により、約1万本のアンテナから構成される世界最先端のフェーズドアレイ式非干渉散乱レーダーである。EISCAT_3Dレーダーは、従来のEISCATレーダーの100倍の性能を有し、電離圏の3次元的な観測を時間分解能良く行う予定である。

連絡先

研究内容に関すること

大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所 特任研究員 伊藤 ゆり
メール:ito.yuri@nipr.ac.jp

電気通信大学大学院情報理工学研究科 情報・ネットワーク工学専攻 教授 細川 敬祐
TEL:042-443-5299 メール:keisuke.hosokawa@uec.ac.jp

名古屋大学宇宙地球環境研究所 教授 三好 由純
TEL:052-747-6340 E-Mail:miyoshi@isee.nagoya-u.ac.jp

報道に関すること

電気通信大学 総務企画課 広報・基金・卒業生室 広報係
TEL:042-443-5019 メール:kouhou-k@office.uec.ac.jp

国立極地研究所 広報室
TEL:042-512-0655 FAX: 042-528-3105 メール:koho@nipr.ac.jp

総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
TEL:046-858-1629 メール:kouhou1@ml.soken.ac.jp

名古屋大学 名古屋大学総務部広報課
TEL: 052-558-9735 メール:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp

金沢大学 理工系事務部総務課総務係
TEL: 076-234-6821 メール:s-somu@adm.kanazawa-u.ac.jp

東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室
TEL: 03-5841-8856 メール:media.s@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

大阪大学 理学研究科庶務係
TEL: 06-6850-5280 メール:ri-syomu@office.osaka-u.ac.jp