2025年1月22日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
国立大学法人 東京大学
国立大学法人 北海道大学
国立極地研究所の東久美子特任教授を中心とする研究グループは、グリーンランド北西部で掘削したアイスコアを、改良型ブラックカーボン分析装置とアイスコア連続融解分析装置を組み合わせたシステムを用いて分析し、過去350年間のブラックカーボン(BC)の濃度と粒径を月単位で復元しました。これにより、冬と夏のBC濃度の経年変化パターンが大きく異なることを明らかにしました。主に北米の化石燃料の燃焼によって発生したBCの影響で、冬のBCの濃度は19世紀後半から増加して、20世紀初頭にピークを迎えた後減少し、近年は産業革命以前のレベルにまで低下しました。一方、北米などの森林火災から発生した夏のBCの濃度には、若干の減少傾向が見られました。また、本研究により、産業革命以前からのBCの粒径を世界で初めて復元したことで、化石燃料起源のBCの方が、森林火災起源のBCよりも粒径が大きかったという、定説とは異なる事実が明らかになりました。
グリーンランド北⻄部のSIGMA-D地点における冬(1月)と
夏(6月)のブラックカーボン(BC)濃度の10年平均値の経年変化
ブラックカーボン(黒色炭素、以下BCと略す)は、化石燃料や森林等の植物の不完全燃焼によって生じる物質で、大気中に存在すると大気を加熱し、雪や氷の表面に堆積すると、アルベド(光の反射率)を低下させることで、融解を起きやすくします。他の地域に比べて著しく温暖化が進行している北極域でのBCの観測は特に重要ですが、観測データは過去20~30年しかありません。しかし、アイスコアに含まれるBCを分析することで、産業革命以前からのBCの変化の歴史を知ることができます。
これまで北極域ではグリーンランド、スバールバル、カナダなどで掘削したアイスコアに含まれるBCの濃度の分析が行われてきましたが、粒径については全く研究がありませんでした。粒径が分からないと、BCが大気の過熱や雪氷面のアルベドに及ぼす影響が正確に推定できず、BC濃度の正確な測定もできません。積雪中のBCは大気中のBCよりも粒径が大きいことが知られていましたが、従来のアイスコア研究では、測定可能なBCの粒径範囲が狭かったため、BC濃度の測定誤差が大きかった可能性が高いことが分かりました。これまで、先行研究のアイスコアのBC濃度データが、さまざまな研究の検証データとして使われていましたが、大きな誤差を含む可能性の高いデータを使うと、排出量推定やエアロゾル・モデル、気候モデルの構築を高精度で行うことができないため、将来予測の精度が低くなり、間違った結論を導いてしまう可能性もあります。そのため、アイスコア中のBCの粒径と濃度を高精度で測定することが大変重要です。
本研究グループが以前開発した改良型BC分析装置と、新規に開発したアイスコア連続融解分析装置を組み合わせた分析システムを用いて、グリーンランド北西部のSIGMA-D地点(図1)で掘削したアイスコアを分析しました。このシステムを使うことで、先行研究では粒径500nmまでのBCしか分析できなかったのに対し、本研究では世界で初めて4,000nmまでの粒径のBCを、高時間分解能の連続データとして高精度で測定することができました。
アイスコアの分析結果から、BCの濃度と平均質量(mBC)の月平均値、年平均値、10年平均値を計算しました(図2)。mBCはBCの粒径の大きさを表すパラメータの一つです。BCの濃度は19世紀後半から増加し、1920年代頃にピークになりましたが、それ以降減少し、1960年代には産業革命以前のレベルにまで低下しました。BC濃度の増加は、化石燃料の燃焼によって発生したBCがグリーンランドに輸送されたことによるものです。19世紀中盤以前のBCは主に森林火災起源と考えられますが、BCの粒径が濃度の増加に伴って増加したことから、化石燃料燃焼起源のBCの方が、森林火災起源のBCよりも粒径が大きかったことが分かりました。従来は森林火災起源のBCの方が粒径が大きいと考えられており、これは新しい結果です。
10日間の後方流跡線解析(注1)によって、SIGMA-D地点に到達する大気が10日以内にどこから運ばれてきたか解析したところ、図3のような確率分布を持った地域を起点としていたことが推定されました。第一に北米、次にヨーロッパの大気の寄与が大きく、更にシベリアなどからも大気が輸送されてきたことが分かりました。本稿の冒頭に冬(1月)と夏(6月)のBC濃度の10年平均値の経年変化を示しましたが、冬はBC濃度の通年平均値(図2)と同様、19世紀後半から20世紀前半にかけて濃度が高い傾向を示し、主に冬の化石燃料燃焼起源のBCがSIGMA-D地点に到達したことが分かりました。これに対して、夏のBC濃度には19世紀後半から20世紀前半でも増加が見られず、北米やヨーロッパで化石燃料燃焼起源のBCの発生量が大きく増加した時代でも、夏にはあまりSIGMA-D地点に輸送されなかったことが分かりました。つまり、350年間を通じて、夏のBCは森林火災起源のものが主だったことが明らかになりました。冒頭の図では、2000年頃までの350年間を通じて夏のBCの増加が見られないことから、北米やシベリアなどの大規模な森林火災は2000年頃までは特に増加していなかったこと、逆に若干の減少傾向があったことが明らかになりました。
本研究では更に、BCがグリーンランド氷床表面の積雪中に堆積したことで、雪面のアルベドが、どれだけ低下するか計算したところ、晴天時よりもアルベド低下の大きい曇天時には、新雪の場合で約0.1%、融雪が起きると、0.5%を超えることなどが推定されました(図4)。また、夏に大規模な森林火災によって発生したBCがSIGMA-D地点に輸送されて堆積したことが原因と考えられるBCの高濃度イベント時(1710年や1925年など)には、しばしば低下量が1.0%を超えています。SIGMA-D地点では、通常であれば融雪は起きておらず、BCによるアルベド低下の影響は非常に小さいですが、今後温暖化が進み、融雪が生じるようになると、BCによるアルベド低下は無視できなくなり、更に氷床の融解を加速する可能性があることが分かりました。
本研究によって、グリーンランド北西部における過去350年間のBCの濃度と粒径が高精度・高時間分解能で復元できたことで、BCの輸送、沈着過程についての理解が進むとともに、排出量データ、エアロゾル・モデル、気候モデルの高精度化に貢献できます。これによって、BCが気候・環境に及ぼす影響や、温暖化による森林火災発生の変化などを、従来よりも高精度で予測することができるようになると期待されます。今後は、SIGMA-D地点以外のアイスコア中のBCについても本研究と同様に高精度・高時間分解能で分析し、地域差を研究したいと考えています。また、本研究では21世紀に入ってからの詳細なデータが取得できませんでしたが、世界各地で大規模な森林火災が起きた、最近20年をカバーするアイスコアのデータも取得したいと考えています。
掲載誌: Atmospheric Chemistry and Physics
タイトル: High-resolution analyses of concentrations and sizes of
refractory black carbon particles deposited in northwestern Greenland over the past 350 years –Part 2: Seasonal and temporal trends in refractory black carbon originated from fossil fuel combustion and biomass burning
著者:
東 久美子(国立極地研究所 アイスコア研究センター 特任教授)
塚川 佳美(元国立極地研究所 アイスコア研究センター 学術支援技術専門員)
福田 かおり(国立極地研究所 アイスコア研究センター 学術支援技術専門員)
藤田 耕史(名古屋大学 大学院環境学研究科 地球環境科学専攻 教授)
平林 幹啓(国立極地研究所 アイスコア研究センター 特任助教)
Remi Dallmayr(Alfred Wegener極地海洋研究所 研究員)
尾形 純(国立極地研究所 アイスコア研究センター 特任助手)
茂木 信宏(東京都立大学 大学院理学研究科 化学専攻 准教授)
森 樹大(慶応義塾大学 理工学部 応用化学科 助教)
大畑 祥(名古屋大学 宇宙地球環境研究所 助教)
近藤 豊(国立極地研究所 国際北極環境研究センター 特任教授)
小池 真(東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授 )
的場 澄人(北海道大学 低温科学研究所 助教)
門田 萌(元北海道大学大学院環境科学院 修士課程大学院生)
對馬 あかね(長崎大学大学院総合生産科学研究科 技術職員)
永塚 尚子(海洋研究開発機構 地球環境部門 副主任研究員)
青木 輝夫(国立極地研究所 国際北極環境研究センター 特任教授)
URL:https://doi.org/10.5194/acp-25-657-2025
DOI:10.5194/acp-25-657-2025
論文公開日:2025年1月17日
本研究は文部科学省・日本学術振興会の科学研究費助成事業(JP22221002、JP23221004、JP18H04140)、文部科学省の北極域研究推進プロジェクト(ArCS:JPMXD130000000)及び北極域研究加速プロジェクト(ArCS II:JPMXD1420318865)、環境省・環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20172003、JPMEERF20202003、JPMEERF20232001)などの助成を受けて実施されました。
注1:大気の流れを記録したデータセットを利用し、ある地点にあった空気塊が過去どのような経路をたどってきたかについて時間を遡って計算する手法。本研究ではデータのある過去60年分について計算し、長期の平均状態を求めました。
図1:SIGMA-Dアイスコアの掘削地点及び他のアイスコア掘削地点
図2:BCの濃度と平均質量(mBC)の年平均値及び10年平均値の経年変化。
BCの粒径が大きいとmBCが大きくなる。
図3:SIGMA-Dにおける十日間の後方流跡線の確率密度分布。過去60年間の平均。
図4:SIGMA-Dにおける過去350年間のBCによるアルベド低下量の推定結果。
曇天時に新雪(雪粒の半径rsを50μmと仮定)だった場合と融雪が起きた場合(rsを1,000μmと仮定)の2通りについて計算
研究内容について
国立極地研究所 共同研究推進系 アイスコア研究センター
東 久美子(あずま くみこ)
メール:kumiko@nipr.ac.jp
名古屋大学 大学院環境学研究科
藤田 耕史(ふじた こうじ)
メール:cozy@nagoya-u.jp
報道について
国立極地研究所 広報室
TEL:042-512-0655 FAX: 042-528-3105 メール:koho@nipr.ac.jp
名古屋大学 総務部広報課
TEL:052-558-9735 メール:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp
東京大学大学院 理学系研究科・理学部 広報室
TEL:03-5841-8856 メール:media.s@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
北海道大学 社会共創部 広報課
TEL:011-706-2610 メール:jp-press@general.hokudai.ac.jp
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