氷河の流動加速を引き起こす、融け水、雨、潮の満ち引き
~グリーンランドで氷河流動変化のメカニズムを解明~

2025年2月4日

ポイント

・海に流れ込むグリーンランドの氷河で氷が流れる速さを6年間にわたって測定。
・気温が高く氷が良く融けた時、強い雨が降った時、潮が引いた時に氷河の加速を確認。
・気候と海洋が、氷河の流動と変動に与える影響を解明。

北海道大学低温科学研究所・北極域研究センターの杉山 慎教授、エブゲニ・ポドリスキ准教授らの研究グループは、国立極地研究所、スイス連邦工科大学と共同で、北極グリーンランド※1で6年間にわたる野外観測を実施し、海に流れ込む氷河(カービング氷河)の流動変化を調べました。カービング氷河は世界各地で急速に融解して海水準上昇※2に大きな影響を与えており、その変動メカニズムを明らかにすることが求められています。

氷河の末端近くで氷の動きを精密に測定したところ、氷の融解が激しい昼間や気温が高い時期、強い雨が降った直後、潮汐で海水面が下がった時に、氷河の流動が海に向かって加速することが分かりました。この結果は、融け水や雨水が氷河の底を潤滑して氷のすべりを助けること、海水が及ぼす圧力のわずかな減少で支えを失った氷が加速することを示しています。6年間にまたがる延べ90日の測定によって、気温、雨、潮の満ち引きと氷河の流れる速度との関係が明らかになりました。

この研究成果は、深く海に浸かった氷河末端部の流動が、わずかな刺激で加速することを示すものです。グリーンランドだけでなく、北極、南極、パタゴニアなど、世界各地でカービング氷河が急速に縮小していますが、気温上昇による融解だけでなく、氷河流動の加速がその要因の一つになっているのです。今回の発見を数値モデルに適用することによって、氷河変動と海水準上昇のより正確な予測への貢献が期待されます。本研究が行われたグリーンランド北西部では、北海道大学を中心としたグループによる総合的な研究が行われており、分野連携による更なる研究の発展が期待されます。

本研究成果は、2025年1月31日(金)公開のThe Cryosphere誌にオンライン掲載されました。

グリーンランド氷床から海に流れ込むボードイン氷河(氷河の幅は約3キロメートル)

背景

北極グリーンランドでは、たくさんの氷河が海に流れ込んでいます。海や湖に流れ込む氷河はカービング氷河と呼ばれ、北極各地、南極、パタゴニアなどの地域で急速に融解が進んでいます。気温上昇による融解の影響に加えて、海・湖に流出する氷の加速がその要因の一つです。特にグリーンランドでは、カービング氷河から流出する氷が増加して海水準に深刻な影響を与えています。そのため、カービング氷河の流動がなぜ加速するのか、そのメカニズムの解明が重要な課題になっています。

グリーンランド北西部のカナック村周辺では(図1a)、これまで日本の総合的な北極研究事業(グリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス事業(GRENE事業)、北極域研究推進プロジェクト(ArCS)、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II))の下で集中的な研究が行われ、氷河と海洋の変化と、それらが海洋生態系と人間社会に与えるインパクトが調査されています。これまでの研究で、2000年以降にこの地域の氷河融解が増加したことが明らかになったほか、カービング氷河の融解は海水準だけでなく、海洋の循環や生態系、地域住民の伝統的な狩猟活動にも影響を与えることが示されています。

研究手法

ボードイン氷河はカナック村から約20キロメートルの位置にあり、海に流れ込む典型的なカービング氷河です(図1b)。氷は一日に1~2メートルの速度で流れて、幅約3キロメートルの末端から海に氷山を流出しています。研究グループはカービング氷河の変動メカニズムを明らかにするため、2013~2017、2019年7月に各2~3週間、ボードイン氷河の脇にキャンプを設置して集中的な観測を行いました。

氷河の流れる平均的な速度は人工衛星画像から測定できますが、時間分解能が粗いため数時間~数日の変化は分かりません。そこで本研究では、氷河の末端近く、海から0.5~4キロメートルの場所にGPS(全地球測位システム)を設置して連続測定することで、15分毎の流動速度を求めました。氷河におけるGPS連続測定は、研究グループの経験に基づいた特色ある技術です。得られた流動速度を、現地で測定された気温、降水量、潮汐と比較して、それらの関係を調べました。

研究成果

測定の結果、海に向かって流れる氷河の速度が、様々な時間スケールで変化することが明らかになりました(図2)。日周期及び半日周期の変動に加えて、通常の2倍近くまで加速するイベントも見出されました。解析によると、日周期変動は気温変化と同期しており、気温の高い昼間に氷が融けて水が氷河の底に流れ込み、氷の底面すべりを促したことを示しています(図3)。晴天が続いて氷の融解が進んだり、激しい雨が降ると大きな加速が起きており、これらはいずれも氷河底面に流入する水が原因と考えられます。さらに半日周期の変動は潮の満ち引きに対応しており、海水面が下がると氷を支える水圧が減り、支えを失った氷河の流出が加速することが判明しました。

融け水や雨による氷河の加速は、以前からスイスやアラスカ等の山岳域で報告されていましたが、グリーンランドでその詳細が測定されたのは初めてのことです。また、潮汐に対するカービング氷河の流動変化もその詳細が初めて明らかになりました。カービング氷河の末端ギリギリにGPSを設置し、高い精度の測定を6年間にわたって繰り返した結果、今回の新しい知見の創出につながりました。

以上の結果は、海に流入するカービング氷河の流動に関する重要な基礎的知見を与えます。たった1メートルの潮汐に対する大きな流動変化は、カービング氷河末端が環境変化に敏感であることを示しています。たとえば、氷河変動によって氷の厚さや、末端の位置が変われば、流動速度にも大きな変化が予想されます。また気温上昇や豪雨の頻発で氷河の流動速度が増せば、海に流出する氷が増えて、氷の消失に拍車がかかります。

今後への期待

本研究によって明らかになった、流動速度と気温・降水・潮汐の関係式を数値モデルに適用することで、氷河変動の正確な予測が可能となります。2100年までに最大1~1.5メートルと推定される海水準上昇の、より正確な将来予測に貢献するものです。また本研究は、日本が北極域で進める総合的な研究プロジェクト(GRENE 、ArCS、ArCS II)の下で実施されました。プロジェクトに参画する多様な研究者との協働により、グリーンランド氷床の将来変動予測、気候や海洋との相互作用の理解、さらには社会への影響評価にもつながる成果が期待されます。

謝辞

本研究は、グリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス(GRENE)事業、北極域研究推進プロジェクト(ArCS)、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)、JSPS科研費プロジェクト(JP20H00186)の支援を受け実施されました。

論文情報

論文名: Ice speed of a Greenlandic tidewater glacier modulated by tide, melt, and rain(潮汐、融解、降水によって変動するグリーンランド海洋性カービング氷河の流動)
著者名: 杉山 慎1,2、津滝 俊3,4、榊原 大貴1,2、浅地 泉1、近藤 研1、王 鄴凡1、エブゲニ・ポドリスキ2、ジューヴェ・ギヨーム5,6、フンク・マーティン6
1北海道大学低温科学研究所、2北海道大学北極域研究センター、3国立極地研究所、4総合研究大学院大学、5ローザンヌ大学、6スイス連邦工科大学)
雑誌名: The Cryosphere(雪氷寒冷圏科学の専門誌)
DOI: 10.5194/tc-19-525-2025
公表日: 2025年1月31日(金)(オンライン公開)

お問い合わせ先

研究内容について

北海道大学低温科学研究所/北極域研究センター 教授 杉山 慎(すぎやましん)
TEL:011-706-7441 FAX:011-706-7142 メール:sugishin@lowtem.hokudai.ac.jp
URL:http://wwwice.lowtem.hokudai.ac.jp/~sugishin/

配信元

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL:011-706-2610 FAX:011-706-2092 メール:jp-press@general.hokudai.ac.jp

国立極地研究所広報室(〒190-8518 立川市緑町10-3)
TEL:042-512-0655 メール:koho@nipr.ac.jp

図1:左:グリーンランド北西部カナック地域。右:研究を行ったボードイン氷河の流動速度。

図2:2013~2019年の7月に測定されたボードイン氷河の流動速度(赤・青・緑は図1のGPS1~3で測定)。潮汐(黒線)、気温(黒線)、降水(棒グラフ)に影響を受けて、速度が大きく変化する。

図3:本研究で明らかになった氷河の流動変化のメカニズム。融け水や雨水が氷河の底を潤滑して底面すべりを促進し、潮汐が氷を支える力のつり合いに影響を与えて速度が変化する。

用語解説

※1 グリーンランド:日本国土の5.7倍にあたる陸地の80%が氷に覆われた世界最大の島。

※2 海水準上昇:現在進行する海水準上昇の半分は氷河氷床の融解が原因。巨大なカービング氷河である南極氷床が大きく融解すれば、2300年までに15メートル上昇の可能性も指摘されている。