過去の南極氷床の急激な薄化と再厚化
~現地調査と衛星観測、モデル研究の統合により、地域固有の氷床の変動が明らかに~

2025年12月11日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人 総合研究大学院大学

国立極地研究所/総合研究大学院大学の奥野淳一助教、服部晃久助教、土井浩一郎准教授(故人)、青山雄一准教授、京都大学の福田洋一名誉教授の研究グループは、東南極リュツォ・ホルム湾地域(図2)において、氷河性地殻均衡調整(Glacial Isostatic Adjustment:GIA、注1)の数値モデリング、地形調査による岩石の表面露出年代測定(注2)、衛星によるGNSS観測(図3注3)という3つの異なる手法を統合的に用い、東南極リュツォ・ホルム湾周辺の氷床が、約9000〜6000年前(中期完新世)、約400メートルの急激な薄化の後、再び、65〜100メートル厚くなるという複雑な変動(図1図4)を経ていたことを初めて明らかにしました。

この発見は、氷床は一度薄くなり始めると現在に至るまで緩やかに薄くなったと想定する従来の全球モデルとは異なり、氷床が急激に薄くなった後も安定化したり、部分的に再び厚くなったりしうることを示すものです。地域固有の氷床履歴を組み込んだモデルが、従来の全球モデルよりも統計学的に有意に観測データを良く説明することが示され、地域特性を考慮することの重要性が明らかになりました。

さらに、本研究の解析結果から、東南極のリソスフェア(地殻とマントル最上部の固い岩盤を併せた部分)の厚さやマントルの粘性率といった、地球の内部構造の精密推定にも成功しました。

本研究の成果は、南極氷床の複雑な変動メカニズムの理解を深めるとともに、将来の海面上昇予測の精度向上に大きく貢献します。地形データ、GNSS観測、数値モデリングという異なる手法を統合した本研究の革新的アプローチは、今後の南極氷床研究の新たな標準手法となることが期待されます。

この成果は2025年11月17日に国際学術誌Scientific Reportsに掲載されました。

図1:スカルブスネスにおける表面露出年代データと氷床厚モデルの関係。スカルブスネス(図2)における表面露出年代データからは、9000年前から6000年前にかけて(横軸の0は現在)急激な氷床高度の低下が認められるが(文献2)、従来の氷床融解史モデル(ICE-6G)による氷床の厚さの変化は表面露出年代データを十分に説明できない。本研究の結果より、9000年前からの急激な氷床の厚さの減少を十分にモデル化した上で、GNSSデータを十分に説明しうる氷床厚の変化を求めると、急激な氷床融解後に厚さ約100mの氷床が再拡大する必要があることが明らかになった。

研究の背景

南極氷床は地球上最大の氷の塊であり、その変動は全世界の海水準変動に直結するため、地球温暖化が進行する現在、その将来予測は人類にとって極めて重要な課題となっています。しかし、南極氷床がどのような条件で急激に変化するのか、その変化がどの程度の規模や速度で起こりうるのかについては、十分に解明されていません。また、将来予測には過去の氷床変動を詳しく調べることが不可欠です。しかし、数千年から数万年前の氷床変動を復元するには、南極各地で地質学的証拠を収集する必要があり、南極の厳しい環境と広大な面積のため、そのような広範囲にわたる調査データの取得は極めて困難です。

過去の氷床変動を推定する別のアプローチとして、GIAと呼ばれる地球物理学的現象を利用する方法があります。南極氷床が縮小して軽くなると、地球内部の粘弾性により、氷床が載っていた部分の地殻が徐々に上昇し、氷床の縮小が止まっても上昇は続きます。一方、氷床の周囲の地殻は下降します。また、氷床が拡大したときにはこれと逆の動きが生じます。このような地球の性質は氷河性地殻均衡調整(GIA)と呼ばれ、この性質を用いて過去の南極氷床の変化を推定することができます(GIAモデリング)。ただし、これまでのGIAモデリングでは限られた観測点のデータから南極全体の氷床変動史を推定していたため、地域固有の複雑な変動パターンまでは捉えきれていませんでした。

従来の研究では、南極における観測の制約もあり、氷床が縮小または拡大する時、その変化は比較的単純に推移すると考えられてきました。しかし実際には、より複雑な変動パターンが存在する可能性が指摘されています。この問題に対し本研究では、限られた地域に焦点を絞り、3つの異なる手法を統合することで、約1万年前から現在に至る氷床変動の詳細な復元を試みました。

研究の内容

本研究では、従来別々に行われてきた異なる分野の3つの手法、すなわち、①表面露出年代測定法による過去の地形調査、②GNSS衛星を用いた精密な地殻変動観測(文献1)、③地球内部の粘弾性変形を考慮した数値モデリング(GIAモデリング)、を初めて統合した革新的なアプローチで、東南極のリュツォ・ホルム湾スカルブスネスにおける過去1万年間の氷床変動を復元しました(図1)。

その結果、今回の研究で最も画期的な発見として、南極氷床が、一度薄くなり始めると現在に至るまで緩やかに薄くなったと想定する従来の全球モデルとは異なり、「急激な薄化→再厚化」という複雑なパターン(図1図4)を示していたことが明らかになりました。具体的には、東南極リュツォ・ホルム湾地域において、約9000〜6000年前の3000年間に約400メートルもの急激な氷床薄化(文献23)が発生した後、65〜100メートルの再厚化が起こったことがわかりました。

この成果には、10年を超える継続的なGNSS観測データの蓄積が不可欠でした。GIAに伴う地殻変動は年間数ミリメートルという極めて微小な変化であり、統計的に有意な検出には長期にわたる精密観測が必要です。本研究では10年以上に及ぶ観測データにより、約9000年前からの氷床変動の痕跡を現在の地殻変動から読み取ることに成功しました。従来の全球規模の氷床融解史モデル(ICE-6G)では説明できなかった現象を、地域固有の氷床履歴を組み込んだモデルによって統計学的にも有意に検出できたことで、南極氷床の変動が地域ごとに大きく異なり、全球モデルだけでは捉えきれない複雑さを持つことが明らかになりました。この発見により、南極氷床の変動には従来の全球モデルでは捉えきれない地域固有のパターンが存在し、急激な薄化の後に安定化や部分的な再厚化が起こりうることが明らかになりました。このような複雑な変動は、地域の氷床履歴を詳細に復元することで初めて示されました。

さらに、この解析により東南極地下の地球内部構造(リソスフェア厚50〜70km、上部マントル粘性5-7×1020Pa s、下部マントル粘性6-80×1021Pa s)を精密に推定することに成功し、氷床変動と固体地球の相互作用の理解が深まりました。従来の全球モデル(ICE-6G)では3つの観測点すべてを同時に説明できる地球内部構造パラメータが存在しませんでしたが、本研究の再厚化モデルでは統一的な解が明確に得られることが示されました。

今後の展望

今回の発見は、氷床変動の理解に重要な知見をもたらしました。従来、南極氷床は気候変動に対して比較的単純に応答すると考えられてきましたが、本研究により、少なくとも東南極の一部地域では、急激な変化の後に安定化や部分的な再厚化が起こりうることが示されました。この発見は、氷床変動がこれまで考えられていたよりも複雑なプロセスを含む可能性を示唆しており、今後の氷床研究における重要な視点を提供します。

将来予測の精度向上への貢献も極めて重要です。現在の気候変動シナリオに基づく南極氷床の将来予測では、全球規模のモデルが主に使用されていますが、本研究により地域固有の氷床履歴を考慮することの重要性が明らかになりました。この知見により、特に沿岸地域における海面上昇の予測精度が大幅に改善されることが期待されます。

本研究で確立された統合的手法は、南極の他の地域や北極の氷床研究にも応用可能であり、全球的な氷床変動研究の新たな標準手法となる可能性があります。これにより、地域ごとの氷床変動の詳細な理解が進むことが期待されます。

最後に、本研究の成功は、日本の南極地域観測事業のモニタリング観測などによる10年を超える継続的なGNSS観測の蓄積があってこそ実現したものです。このことは、南極における長期観測体制の維持が極めて重要であることを示しています。

発表論文

掲載誌:Scientific Reports
タイトル :Mid Holocene Rapid Thinning and Rethickening of the East Antarctic Ice Sheet Suggested by Glacial Isostatic Adjustment
著者 :
 奥野 淳一(国立極地研究所 地圏研究グループ 助教/総合研究大学院大学 助教/情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設)
 服部 晃久(国立極地研究所 地圏研究グループ 助教/総合研究大学院大学 助教)
 土井 浩一郎(国立極地研究所 地圏研究グループ 准教授/総合研究大学院大学 准教授)
 青山 雄一(国立極地研究所 地圏研究グループ 准教授/総合研究大学院大学 准教授)
 福田 洋一(京都大学 名誉教授)
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-025-24176-4
DOI:10.1038/s41598-025-24176-4
論文公開日:2025年11月17日

研究サポート

本研究はJSPS科研費(JP16K01229, JP17H06321, JP21K03685)、国立極地研究所のプロジェクト研究費(KP306)の助成を受けて行われました。また、日本の南極地域観測の地圏モニタリング観測(第51~59次)や基本観測で得られたGNSS観測データを使用しています。

図2:本研究の対象地域とGNSS観測点の位置図。

図3:日本の南極観測で昭和基地やその周辺露岩域で展開しているGNSS観測点と無人観測装置の保守を行っている様子。昭和基地のGNSS観測点 (写真下段左) は1995年より連続観測を開始し、1999年に国際GNSS事業 (International GNSS Service; IGS) の観測網に登録され、IGS-SYOG点として現在も連続観測が継続されている。一方、露岩域でのGNSS観測点 (写真上段) は2000年より固定点で年間1~2回程度の繰り返しキャンペーン観測を開始し、その後地圏モニタリング観測の1観測項目として20年以上観測を継続している。2011年から順次無人観測化を進め、1ヶ月に1回、24時間観測を実施している。夏期間に無人観測装置の保守やデータ回収(写真下段中央)、アンテナ高の測定(写真下段右)を行っている。

図4:修正した氷床変動史の領域と観測地点の関係(a)と本研究で明らかになった本領域の融解シナリオの断面の模式図(b)。(a)は本研究で修正した氷床融解史の領域と観測地点の関係を示す。赤線で囲った領域が急激な氷床融解が生じた領域と仮定し、オレンジ色破線で囲った領域が再厚化した領域を示す。A-C(青線)で示す線が(b)で示す断面模式図と対応する。急激な薄化は、南極大陸沿岸よりやや内陸まで広がっていると仮定し、再厚化の領域は沿岸部に限定された領域を仮定することで、GNSSデータを十分に説明しうる氷厚変化を特定できた。

注1:氷河性地殻均衡調整(Glacial Isostatic Adjustment:GIA)
氷期に陸上に厚い氷床が形成され拡大すると、その重みで地殻とマントルが圧迫され、沈降する。一方、間氷期にさしかかると氷が融けて軽くなり、マントルがゆっくりと移動し、沈降していた地殻が徐々に元の位置に戻ろうと隆起する。この地殻の変形は、マントルに粘性があるため非常にゆっくりと起こる。現在の影響として、氷床が融解した地域では、この隆起が続いている。例えば、アラスカ南東部では、最大で1年に30ミリを超える隆起が観測されている。これを数値的に全球にわたって再現する手法をGIAモデリングと呼んでいる。

注2:表面露出年代測定
地表面が宇宙線にさらされることによって岩石中に形成される核種(宇宙線生成核種;10Be・26Alなど)の蓄積量から、その地表面の露出時間を推定する方法。この方法を用いることによって、地表面が氷床から解放されてからの経過時間を推定することができる。

注3:GNSS観測
GNSS(Global Navigation Satellite System:全球測位衛星システム)は、米国が運用するGPS(Global Positioning System)、ロシアのGLONASS、欧州のGalileoなど、複数の衛星測位システムの総称。本研究では南極観測 (地圏モニタリング観測) で展開しているGNSS観測により、観測点の位置を数ミリメートルの精度で測定し、地殻の上下動や水平移動を検出した。この高精度な測位技術により、過去の氷床変動に伴う地殻変動(GIA)の影響を現在の地表の動きから読み取ることが可能となる。

文献

文献1
総合研究大学院大学・国立極地研究所プレスリリース「東南極リュツォ・ホルム湾沿岸でのGNSS観測と地殻変動の検出」2021年9月9日

文献2
総合研究大学院大学・国立極地研究所プレスリリース「南極現地調査で明らかになった過去の急激な南極氷床の融解とそのメカニズム」2020年9月18日

文献3
国立極地研究所ほかプレスリリース「地域的な海水準上昇が氷床融解を促進していた可能性を提唱-9~5千年前に発生した東南極氷床大規模融解に新メカニズム―」2022年11月29日

問い合わせ先

研究内容について

国立極地研究所 地圏研究グループ 助教 奥野淳一(おくの・じゅんいち)
E-mail:okuno@nipr.ac.jp

報道について

国立極地研究所 広報室
Tel:042-512-0655 FAX: 042-528-3105 E-mail:koho@nipr.ac.jp

総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
Tel:046-858-1629 FAX:046-858-1648 E-mail:kouhou1@ml.soken.ac.jp