南極で海氷大流出の観測に成功
―昭和基地のあるリュツォ・ホルム湾定着氷の崩壊機構解明にむけて―

2023年5月23日
東京大学
国立極地研究所
北見工業大学

発表のポイント

崩壊しリュツォ・ホルム湾から流出する定着氷の動きを波浪ブイで追う

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の早稲田卓爾教授、小平翼講師、野瀬毅彦特任助教と、北見工業大学の舘山一孝准教授、国立極地研究所の田村岳史准教授らによる研究グループは、第64次南極地域観測隊(以降JARE64)にて2022年12月26日に波浪観測ブイをリュツォ・ホルム湾の定着氷上に15基設置し、2023年3月から5月にかけて海氷が崩壊する様子を計測しました。

過去30年以上の記録から、リュツォ・ホルム湾の定着氷は準周期的に成長と崩壊を繰り返すことがわかっています。そしてその要因のひとつが外洋から侵入するうねりであると考えられていました。しかしながら、その実態を直接計測した事例はありません。本研究グループは海氷の動きを計測する波浪センサーと海氷上に波浪センサーを設置するための浮体を開発し、広域に波浪ブイを展開することで、初めて海氷の崩壊に伴う海氷の移動、そのきっかけとなる海氷の上下動をとらえることに成功しました(図1)。

この観測は、南極地域観測第Ⅹ期6か年計画の一般研究観測「氷縁域・流氷帯・定着氷の変動機構解明としらせ航路選択」(課題番号AP1001)として実施されます。その初年度に大崩壊をとらえることができたことで、今後経年的に海氷が厚くなり、崩壊が起こらなくなる過程が計測されることが期待されます。その実態の把握は、南極海氷域への気候変動・変化の影響の解明につながるだけでなく、毎年1000トンを超える物資を昭和基地に運ぶ「しらせ」の航行支援に活用される重要な研究と言えます。

図1:リュツォ・ホルム湾南、厚さ3mを超える海氷の崩壊に伴い、流出し始める波浪ブイ(左)3月31日(右)4月9日

研究の背景

昭和基地のあるリュツォ・ホルム湾は、夏季でも厚い海氷で閉ざされています。「しらせ」は、その厚い海氷を割りながら航行し、昭和基地に1000トンを超える物資を輸送するのが重要な任務です。牛尾(2003 ※1)は過去30年以上に及ぶデータの解析から、海氷が頻繁に崩壊する年には「しらせ」の航行の難しさを示すリュツォ・ホルム湾内氷海航行中のラミング(注1)回数が減り、逆に海氷があまり崩壊しない年にはラミング回数が増えることを示しました。そのため、ラミング回数は海氷の成長の程度と関連があると考えられ、20年程度の周期で増減を繰り返すと予想されます。そして、数十年に一度定着氷の大崩壊が起こり、それ以降はしばらくの間ラミング回数が減ると考えられています(図2)。

1980年には、昭和基地周辺の定着氷(注2)が流出し、氷上に停泊していた航空機が水没したり漂流したりする事例が発生しています(牛尾2003 ※1)。その時には、外洋に発生したうねりが湾内まで侵入したことがひとつの要因であると推察されていました(Higashi et al. 1982 ※2)。一般的に海氷はある程度までは熱力学的に氷盤下に向かって成長しますが、一度海氷厚が増大すると、海氷が大気と海水間の断熱材となり、海氷の生成は止まります。しかし南極では膨大な降雪が海氷の上に積もり、沈み込んだ海氷の上で海水と混ざりながら結氷し、氷盤が上方向に成長することがわかっています。そうして成長した比較的強度の弱い海氷が波浪の影響で破壊される可能性が指摘されていますが、観測における検証は行われていません。

一方、定着氷の北には流氷帯(注3)、さらにその北には波浪と海氷の相互作用が活発な氷縁域(注4)が広がり、侵入してくる波の緩衝帯となっています。波は海氷下で急激に減衰しエネルギーを失います。しかしながら、波長の長い波は減衰しづらいため、うねりとして定着氷まで侵入します。このように、定着氷の崩壊メカニズム解明のカギとなるのが、氷縁から流氷帯、そして定着氷へのうねりの侵入です。

研究の内容

氷縁から流氷帯、そして定着氷へ侵入する波浪、そして、崩壊して移動する氷盤の動きをとらえるため、定着氷上、そして、流氷上に波浪センサーを設置しました。また、流氷帯と氷縁域には氷と氷の間の水面に波浪ブイを投入しました。波浪センサーには慣性計測装置(IMU、注5)とGPSセンサーを用います。計測した加速度、角速度からセンサーの動揺を推定し、マイコンにより波高や周期などの波浪パラメータを計算します。波浪データと緯度経度位置情報は、衛星通信で地上に送られます。このセンサーはノルウェー・ドイツとの共同研究で開発し、自作しています(Rabault et al. 2023 ※3、 Nose et al. 2023 ※4)。また、センサーを搭載する浮体も独自に開発しています(Kodaira et al. 2022 ※5)。このように安価で小型の波浪ブイの製作が可能となったことから、合計33基の波浪ブイを展開することができました(図3)。そのうち15基を定着氷上、8基を流氷上に設置、10基を氷縁と流氷帯の開放水域に投入しました。データは1時間ごとに送信されます。ブイの設置は、12月から2月までの間、「しらせ」のクレーンやヘリコプターを使い、船を運用する海上自衛隊の支援を受けながら行われました。

また、定着氷上にヘリコプターで降り立ち、定着氷上に設置したブイ近傍でドリル掘削により海氷に穴を開け、氷の厚さを直接計測しました。合計で13か所の氷の厚さの計測に成功しました(図4)。これはリュツォ・ホルム湾では初めての試みで、それにより北から南まで1mから2m程度に徐々に氷厚が高くなっていること、2022年4月に崩壊した際の氷縁より南は3mを超える厚さであることがわかりました。1mから2mの海氷は形成されてから1年目の海氷、3mを超える海氷は複数年にわたって成長したと考えられます。

定着氷の大流出は北側の流氷が融解し、うねりが侵入しやすくなる南半球の秋に起こると言われています。3月半ばまではほとんど動かなかった波浪ブイが、3月末に北側から動き始めました。そして4月1日には、厚い氷の上にある3基以外は全てが動き始め、衛星画像には(図1)、定着氷が大きく割れて流れ始めている様子がはっきりと写っていました。さらに4月9日には、3m厚さの海氷が割れ、流出し始めた様子が計測されました。

今後の展望

リュツォ・ホルム湾の定着氷は2022年4月にも大きく崩壊し、2023年4月にさらに南まで崩壊しました。今後JARE65からJARE69までの5回にわたり同様の計測を行うなかで、どのように海氷が成長するのか、過去数十年と同じ傾向となるのかは、変わりゆく地球の気候の変化の鏡でもあります。長期的な海氷の成長のメカニズムを解明することで、しらせの航行支援のみならず、波浪と海氷の相互作用という観点から、北極海の海氷の予測精度向上にもつながると考えられ、北極航路の開発に寄与することが期待されます。そして、永く研究されているがいまだ解明されていない波浪による海氷の破砕と氷盤の大きさの分布との関係、さらには海氷の破砕そのものの直接的な要因が何かなどの研究に資する貴重なデータを提供することになります。

参考文献

※1 牛尾収輝. (2003). 頻発する南極リュツォ・ホルム湾の海氷流出-1980年〜2003年の海氷状況から. 南極資料, 47(3), 338-348.

※2 Higashi, A., Goodman, D. J., Kawaguchi, S. and Mae, S. (1982): The cause of the breakup of fast ice on March 18, 1980 near Syowa Station, East Antarctica. Mem. Natl Inst. Polar Res., Spec. Issue, 24, 222-231

※3 Rabault, J., ... T. Nose, T. Waseda, T. Kodaira, et al. A dataset of direct observations of sea ice drift and waves in ice. Sci. Data 10, 251 (2023). https://doi.org/10.1038/s41597-023-02160-9

※4 Nose, T., Rabault, J., Waseda, T., Kodaira, T., Fujiwara, Y., Katsuno, T., ... & Aleekseva, T. (2023). A comparison of an operational wave-ice model product and drifting wave buoy observation in the central Arctic Ocean: investigating the effect of sea ice forcing in thin ice cover. Polar Research, in press, arXiv preprint arXiv:2302.02820.

※5 Kodaira, T., Katsuno, T., Fujiwara, Y., Nose, T., Rabault, J., Voermans, J., ... & Waseda, T. (2022, October). Development of MEMS IMU based and solar powered wave buoy FZ. In OCEANS 2022, Hampton Roads (pp. 1-6). IEEE.

図2:25次隊以来の南極観測船のラミング回数の変遷と、定着氷の消長過程の関係(JMU提供図を改編)
過去の変遷からは今後海氷が厚さを増し、ラミング回数が増大することが予想されるが、その傾向が気候変動・変化に影響され変わるかもしれない。今後5年間の変遷に着目したい。

図3:JARE64で展開した様々な波浪ブイ(右列)とブイ投入位置(左)
定着氷上(黄色)、流氷上(赤)、氷板間の解放水面(青)

図4:定着氷上にヘリコプターで降り立ち、波浪ブイ近傍で氷厚を計測
12月に設置したブイに2月に来訪、ブイは雪に埋まっている。

関連のウェブ掲載記事

「氷縁域・流氷帯・定着氷の変動機構解明としらせ航路選択」(2022)
https://www.nipr.ac.jp/antarctic/science-plan10/ippan01.html

「最先端科学で南極観測船「しらせ」を守れ 東大研究チームが安全航行に貢献」(2022/10/21)
https://www.fnn.jp/articles/-/428908

「「しらせ」の最適航路を探れ!~氷縁域・流氷帯・定着氷の変動機構解明~」(2023/2/26)
https://nipr-blog.nipr.ac.jp/jare/20230226post-352.html

発表者

東京大学大学院新領域創成科学研究科 海洋技術環境学専攻
 早稲田 卓爾(教授)
 小平 翼(講師)
 野瀬 毅彦(特任助教)
 内山 亮介(博士課程)
 勝野 智嵩(修士課程)

北見工業大学
 舘山 一孝(准教授)

国立極地研究所
 田村 岳史(准教授)
 牛尾 収輝(教授)
 清水 大輔(助教)

北海道大学
 豊田 威信(助教)

Norwegian Meteorological Institute(ノルウェイ気象研究所)
 Jean Rabault(ジャン・ラバルト)

Alfred-Wegener-Institut(アルフレッドウェゲナー極地海洋研究所)
 Marrio Hoppmann(マリオ・ホップマン)

学会情報

学会発表:日本地球惑星科学連合春季大会 大気水圏科学セッション 海洋物理学一般
題名:Monitoring the motion of the land-fast ice in Lützow-Holm Bay, Antarctica
著者:*Takuji Waseda1, Kazutaka Tateyama2, Ryosuke Uchiyama1, Takehiko Nose1, Tsubasa Kodaira1, Tomotaka Katsuno1, Takeshi Tamura3, Shuki Ushio3, Takenobu Toyota4, Jean Rebault5, Marrio Hoppmann6 (1. The University of Tokyo, 2. Kitami Institute of Technology, 3. National Institute of Polar Research, 4. Hokkaido Univeristy, 5. Norwegian Meteorological Institute, 6. Alfred-Wegener-Institut)

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究(A)南極定着氷の変動機構解明と砕氷船航路選択(課題番号: 22H00241)」、「挑戦的研究(開拓)Wave-Argo-Typhoonの開発と国際的な展開(課題番号: 20K20437)」、「基盤研究(A)海洋波による海氷形成から崩壊における構造化の解明(課題番号:19H00801)」、「若手研究 海洋表層ドリフターの大規模展開による沿岸流動場の把握(課題番号: 21K14357)」、文部科学省「北極域研究加速プロジェクト(ArCS II:Arctic Challenge for Sustainability II)(課題番号:JPMXD1420318865)」の支援により実施されました。

用語解説

注1:ラミング航行
砕氷方法のひとつ。船を一度200m~300m後退させた後に全速前進して氷に乗り上げ船の重さで氷を砕き進む。しらせの砕氷能力を超えた厚い氷を砕きながら進むときに使う航法。

注2:定着氷
一般的には海岸に固着した海氷のことを指す。リュツォ・ホルム湾では湾全体を覆う動かない海氷のことを指す。

注3:流氷帯
定着氷と比べ、流れや風で動く氷盤のあつまり。リュツォ・ホルム湾では定着氷の北に広がる。

注4:氷縁
流氷帯と開放水面の間で、活発に海氷と波浪が相互に干渉しあう海域のこと。

注5:慣性計測装置(IMU)
物体の3軸の加速度、角速度を計測する。GPSセンサーや地磁気センサーとの組み合わせで波浪ブイとして使用される。スマホなどに搭載されているため小型化、低価格化が急速に進み、世界的に観測機器として使用されるようになってきた。

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東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授 早稲田 卓爾(わせだ たくじ)

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