氷縁域・流氷帯・定着氷の変動機構解明としらせ航路選択

課題番号:AP1001
代表者:早稲田 卓爾(東京大学)

観測目的

昭和基地は日本の極域観測の拠点として半世紀以上利用されてきました。そして、南極周辺を覆う海氷を割りながら進む砕氷能力のある南極観測船「しらせ」は1年以上基地に滞在する越冬隊に必要な物資を運びます。しかし、昭和基地のあるリュツォ・ホルム湾奥の陸地に張り付いた海氷が厚さを増すと、時には船の進行を妨げ、物資の運搬が遅れたり、最悪の場合は物資を届けることができなくなったりします。その一方、数十年に一度、陸地に張り付いた海氷が崩壊して海に流れ出し、やがてゆっくりと成長するということを繰り返すことがわかってきました。その海氷の崩壊の原因の一つとして南半球の強い風で起こされたうねりが海氷に覆われた海に侵入し、厚い氷を揺さぶることと考えられます。この研究では、そのような海氷下を伝わる波浪の計測を行います。また、過去の「しらせ」の航行記録から、陸地にはりついた海氷の消長過程と航行の難しさとの関係を明らかにすることで、将来適切な航路選択を行うことで、昭和基地への到達時間を短くできないかというようなことを検討します。

観測内容

昭和基地のあるリュツォ・ホルム湾は、湾奥に陸地に張り付いた定着氷、その沖に風や海流で流れる流氷が集まる流氷帯、そして、さらにその沖に風波やうねりの影響が強い氷縁域と広がります。海氷の厚さは、定着氷では数メートルにもなり、「しらせ」は海氷の上に乗り上げ自重で海氷を割る「ラミング」を繰り返し行いながら砕氷航行で進行し、流氷帯では「しらせ」は海氷に乗り上げることなく氷を割りながら進行します。氷縁域では少し小さめな海氷が浮遊し、時には大きなうねりが海氷下を伝搬しますが、その氷縁域から侵入した波浪は、流氷帯へと侵入するに従いエネルギーを失い、定着氷に到達するころにはわずかに海氷が上下にゆっくりと振動するだけとなります。

このような、外洋から波浪が氷縁域、流氷帯、定着氷へと伝わる様子を波浪ブイで計測します。波浪ブイは2種類検討しており、それらは水面に浮かぶ浮体に格納するか、氷盤の上に設置予定です。一つは、GPSを用いて高度と緯度経度の時間変化を計測し、もう一つは、浮体もしくは氷盤の加速度、回転、向きなどを同時に計測します。いずれも、現在携帯電話にも使われている、小型で消費電力の小さいセンサーを用いる予定です。計測されたデータはマイコンで処理され、衛星電話回線を介して陸上に送信されます。これらをヘリコプターやドローンを使って広域に数十個展開する予定です。さらに、船上からは、同期された2つのカメラで水面や海氷面を撮影し、3次元的に水面や海氷面の変位を推定します。また、海氷下を海氷の深さを計りながら航行する海中ロボットや、船から電磁波を発信して海氷の高さを計るセンサーを用いて海氷の厚さの空間分布を把握し、海氷が割れる時に発生する音を音響センサーで計測します。

一方、海氷域を航行する船の抵抗や海氷が衝突した際に船が受ける力などを推定するために、船体挙動も計測します。10年以上も継続しているこの計測システムでは、船の動揺や船殻のひずみ、プロペラや舵に関するデータなどを航行中記録し続けます。さらに、気温や湿度によっては船体に着氷し船上作業の妨げになるしぶきの量を計測します。

2016年に大崩壊した定着氷が成長し、外洋から氷縁域・流氷帯を通り抜けて到達する波浪によって揺さぶられる様子が計測できるかもしれません。そして、現場の計測だけでなく衛星データや数値モデルも活用し、広域の海氷の分布と「しらせ」の航路との関係を明らかにし、将来の航路選択に資する情報を構築する予定です。

25次隊以来の南極観測船のラミング回数の変遷と、定着氷の消長過程の関係。南極観測船の航路選択に資する将来予測が目標である。

リュツォ・ホルム湾における氷縁域、流氷帯から定着氷までの波浪観測ブイの展開模式図。