日本の南極観測は、計画的かつ効率的に事業を進めるため、1976年度以降5か年を単位に実施されてきました。2004年の法人化により、国立極地研究所が6か年単位の中期目標・中期計画のもとで運営されることにあわせて、南極観測事業も2010年から6か年計画として実施することになり、現在は、2022年(64次隊)~2028年(69次隊越冬終了)を対象期間とした南極地域観測第Ⅹ期6か年計画に沿って、実施されています(2022年度は南極地域観測第Ⅸ期6か年計画の最終年度と重なっています)。
確立した観測手法により国際的または社会的要請の高い科学観測データを継続的に取得・公開する基本観測と、南極域の特色を活かした独創的・先駆的な研究を行うことを目的に時限を定めて実施する研究観測を実施します。基本観測は定常観測とモニタリング観測、研究観測は重点研究観測、一般研究観測及び萌芽研究観測の区分で実施します。
重点研究観測では、これまでの観測・研究成果、社会的要請や南極研究科学委員会(SCAR:Scientific Committee on Antarctic Research)などで議論される国際的な研究動向を踏まえ、特に今日的価値が高いものとして、「過去と現在の南極から探る将来の地球環境システム」をメインテーマとして設定し、その下に、「最古級のアイスコア採取を軸とした古環境研究観測から探る南極氷床と全球環境の変動」、「氷床―海氷―海洋結合システムの統合研究観測から探る東南極氷床融解メカニズムと物質循環変動」、「大型大気レーダーを中心とした観測展開から探る大気大循環変動と宇宙の影響」の3つのサブテーマを置いて、それぞれ集中的な観測を実施します。
南極地域観測は下表のように分類されています。
大区分 | 小区分 | 担当機関 | 計画 隊次数 |
評価対象 | ||
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区分 | 定義 | 区分 | 定義 | |||
基本観測 | 確立した観測手法により国際的または社会的要請の高い科学観測データを継続的に取得・公開することを目的とする観測 | 定常観測 | 国の機関等が責任を持って実施する観測 | 定常観測機関 | 6隊次 | 観測実績 データ公開 ・利用実績 |
モニタリング観測 | 科学研究の基盤となる観測で、国立極地研究所が研究コミュニティの意向を踏まえつつ長期的視野に立って実施する観測 | 国立極地研究所 | 6隊次 | 観測実績 データ公開 ・利用実績 |
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研究観測 | 南極地域の特色を活かした独創的・先駆的な研究を目的として時限を定めて実施する観測 | 重点研究観測 | 社会的要請や国際的な研究動向を踏まえ特に今日的価値が高いテーマに、研究分野を超えて集中的に取り組む観測 | 国立極地研究所 | 6隊次 | 観測実績 研究成果 |
一般研究観測 | 研究者の自由な発想を基に実施する観測、調査 | 国立極地研究所(公募) | 6隊次以内 | 観測実績 研究成果 |
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萌芽研究観測 | 将来の研究観測の発展に向けた観測、調査や技術開発 | 国立極地研究所(公募) | 連続する 3隊次以内 |
観測実績 |
南極域で安定的な観測を行うため、設営計画を着実に実施します。特に、老朽施設の着実な更新による昭和基地デジタルトランスフォーメーションの推進、最古級のアイスコア採取を目的とした内陸観測拠点整備、及び、環境負荷低減として、再生可能エネルギーの有効利用と過去に埋め立てた廃棄物の処理に重点的に取り組みます。
昭和基地における通年観測の安定的な継続と観測計画に応じた柔軟な夏期行動の実施を両立させるため、船舶と航空機を最適に組み合わせて運用します。
観測計画を確実に遂行するため、堅実且つ柔軟な観測隊編成を行うとともに、現地での安全且つ効率的な観測隊運営に資するシステムを整備します。
社会と共に創る南極地域観測を目指し、オープンデータによる社会還元、民間とのパートナーシップ拡大、教育活動と人材育成及び双方向コミュニケーションによる社会との対話・協働を進めます。
第Ⅸ期計画においては、全球的視野を有し、社会的要請に応える先端的な科学研究の推進を基礎とします。また、重点研究観測メインテーマ「南極から迫る地球システム変動」の推進に当たり、新たな南極観測の発展、観測基盤の強化・高度化を重視し、特に諸外国との国際連携をより強化するとともに、国際的な枠組みにおいて我が国がリーダーシップを発揮できる基盤を構築します。さらに、情報発信を重視し、国民に対して南極地域観測事業の成果や活動等について、多用なメディアを活用して広報するとともに、南極への教員派遣等を通して、教育現場との双方向の連携を図ります。加えて、若手研究者の育成に注力し、大学院学生の南極地域観測隊への参加を推進します。
南極地域観測は下表のように分類されています。
カテゴリ | 南極観測事業 | 公開利用研究 | 継続的 国内外共同観測 |
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研究観測 | 基本観測 | ||||||
重点研究観測 | 一般研究観測 | 萌芽研究観測 | モニタリング観測 | 定常観測 | |||
定義 | ・南極地域に関わる独創的・先駆的な研究を目的として、時限を定めて実施される研究観測 ・公募による提案に基づく観測計画、及び国立極地研究所の主導する計画 ・研究者/研究者コミュニティからの提案を基に推進する共同研究観測 |
・学術研究に不可欠な科学観測データを継続的に取得することを目的とする、以下の条件を全て満たす基本的な科学観測: ①国際的または社会的要請がある ②観測手法が確立している ③速やかなデータ公開 ④継続的観測が必要 |
・南極の特色を活かした研究や技術開発 ・中期事業計画に載らない機動的な計画として公募 ・比較的短期間に集中して実施する。 |
・国内外の大学等研究機関と国立極地研究所の協定等に基づき、実施する継続的な観測 | |||
研究分野を超えた横断的な発想のもとで提案されたシー ズを基に企画される大型共同研究観測 | 研究者の自由な発想を基に、南極地域観測事業の一環として実施する共同研究観測 | 将来の研究観測の新たな発展に向けた予備的な観測、調査や技術開発 | |||||
特徴 | ・南極における未知の観測領域や南極の特性を活かした新たな研究観測 ・国家事業としての南極地域観測事業の中心 ・計画期間を通じて集中的に実施 ・国内外の機関連携を積極的に推進 |
・南極の特色を活かした、比較的短期間に集中して実施する研究観測 | ・南極における研究観測の新たな発展に向けたプレ・スタディとして科学的成果の見通し、技術的課題の解決を図ることを目的とする観測・調査・技術開発 | ・中長期的な継続観測を前提とし、確立された観測手法により、自然現象を明らかにしようとする観測 | ・担当組織が責任を持って予算及び隊員を担保し、毎年確実に遂行されるべき観測 | ・南極地域観測事業のプラットフォームを利用した研究や技術開発 ・当該年次の観測事業計画に支障のない範囲で認められる ・基本的に当該観測を実施する同行者派遣を前提とする |
・南極地域観測事業のプラットフォームを利用し、観測事業計画に支障のない範囲で実施される観測 ・国際的な要請等による継続的な観測 |
有識者から構成される委員会が、すべての観測計画の審議(事前評価)及び観測成果の客観的な評価を行う | 計画の審議は有職者から構成される委員会が行う | 新規計画については、有職者から構成される委員会で審議を行う | |||||
計画年数 | 6年以内 | 基本2年以内 | 1~2年 | 1年 |
地球システムや地球環境変動の解明及び将来予測のためには、サブシステムである南極域の変動のメカニズムの解明が不可欠です。第Ⅸ期計画では、地球システムにおける現在と過去の南極サブシステムの変動、サブシステム内の相互作用の解明及び南極域の変動と地球システム変動との関係を明らかにすることを目的に、全球的視野を有し、社会的要請に応える先端的な科学的研究として、第Ⅸ期重点研究観測メインテーマ「南極から迫る地球システム変動」を推進します。「南極大気が地球システムに与える影響を探る側面」、「南極域の大気-氷床-海水-海洋間の相互作用と地球システム変動との関係を探る側面」、「南極域の古気候・古環境から地球システム変動を探る側面」といった三つの重要な側面を中核とした、以下のサブテーマを実施します。
サブテーマ1「南極大気精密観測から探る全球大気システム」
サブテーマ2「氷床・海氷縁辺域の総合観測から迫る大気-氷床-海洋の相互作用」
サブテーマ3「地球システム変動の解明を目指す南極古環境復元」
研究者の自由な発想に基づく研究観測や調査として、南極の特色を活かして比較的短期間に集中して実施される一般研究観測、将来の研究観測の新たな発展に向けた予備的な観測・調査・技術開発などを目的とする萌芽研究観測を公募提案に基づき実施します。一般・萌芽研究観測において、重点研究観測と関連の深い観測については、成果の取りまとめや共同観測などの連携を積極的に図ります。
情報通信研究機構、国土地理院、気象庁、海上保安庁、文部科学省が担当する定常観測と、国立極地研究所が担っているモニタリング観測に区分して実施します。
「研究観測」や「基本観測」とは別に、国内外の研究者が必要経費を負担した上で観測船や基地などの南極地域観測事業プラットフォームを利用して機動的な研究を実施します。
第Ⅷ期計画に引き続き、再生可能エネルギーの利用促進と廃棄物の適切な管理を行いながら、老朽化した基地設備の更新、建物の集約化を図ります。なお、計画に当たっては、観測活動に起因する環境負荷を軽減させるとともに観測隊員の負担低減を図ります。さらに、「しらせ」の昭和基地への接岸断念や、昭和基地における火災や停電等の多様な非常事態、今後の観測計画の展開も考慮した昭和基地整備や設営体制等の強化を図ります。
南極地域観測事業は隊員の安全な活動を最優先としつつ、第Ⅸ期計画に基づき着実に推進するほか、「公開利用研究」や航空機の活用、海洋観測船との共同観測等、多様な観測手法の導入により効果的な事業の推進を図ります。これら「安全で効率的な南極観測」を推進するために効果的な隊員編成、隊員訓練の実施とともに、南極地域観測の現場と国内支援機関との連携強化による危機管理などの支援体制を引き続き構築します。
「国際連携する南極観測」を目指し、南極条約体制の下での国際共同観測や設営資源の国際的な相互利用を更に推進します。国際的な地球観測体制の確立を含め、南極域全域や全球的な視野をもった研究観測の実施を図るため、国際的な連携の更なる強化を目指すとともに、我が国の独自性の確保とリーダーシップを発揮する基盤形成を進めます。また、アジア諸国との連携も更なる強化を図り、特に南極観測後発国については、我が国主導で更なる南極観測の展開に向けた支援を行います。
「情報発信とアウトリーチ」の発展を図るため、幅広い年齢層の国民に対して南極地域観測事業の成果や活動等について、多用なメディア(新聞、テレビ、インターネット等)を活用して研究者による研究成果の解説等を行うほか、国立極地研究所のアウトリーチ施設「南極・北極科学館」での解説展示、南極地域観測隊員経験者による講演や昭和基地からの発信等を行います。また、次世代の人材育成の観点から、大学院学生の南極地域観測隊への参加を促進し若手研究者の養成を図ります。児童・生徒に向けては、昭和基地からの南極授業、南極教室や南極・北極科学館での展示、更に国民に向けたサイエンスカフェ等により、教育現場との双方向の連携や生涯教育の機会の提供を図ります。