1,000キロの南極冬季海氷域を伝搬した波浪の観測に成功 ―南大洋で生成するうねりによる大陸沿岸域の海氷変動機構の解明に向けて―

2024年3月22日
国立大学法人 東京大学大学院新領域創成科学研究科
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

発表のポイント

波浪ブイ展開前2022年2月1日(上図)と南極冬季2022年8月1日(下図)の海氷密接度(注1)および波浪ブイ漂流軌跡の図

南極冬季には、夏季と比べて広大な海域が海氷で覆われ、波浪の侵入を妨げる。ブイの軌跡は茶色で示し、海氷密接度は濃淡スケールで示している。上図にはブイ投入海域周辺合成開口レーダー画像を重ねている。

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の野瀬毅彦特任助教、早稲田卓爾教授、小平翼講師と、国立極地研究所の牛尾収輝教授らによる研究グループは、第63次南極地域観測隊にて波浪観測ブイを展開し(2022年2月4日)、約1年に及ぶ観測期間中、南極冬季に形成された広大な海氷域を1,000kmも伝搬する波浪を計測しました。

東京大学とノルウェー気象研究所(Jean Rabault氏)、オーストラリアメルボルン大学(Joey Voermans氏)が共同で開発した、消費電力が低く計測期間が長い自作波浪ブイ*1*2を氷上に設置し、330日に及ぶ波浪の連続計測に成功しました。南大洋で発生した波高4mの波が海氷域に侵入し(図1上)、1,000kmを超える長い距離の伝搬ののち、波高8cm (図1下)まで減衰した弱いうねりとして観測されました。このような弱い信号を検知できるセンサーが安価に自作でき、長期計測によって弱いうねりを計測できることが示されたことで、大陸沿岸域に形成される定着氷の崩壊など海氷変機構の解明が期待されます。

図1:海氷域に侵入し減衰するうねりのエネルギースペクトル
(上)南大洋からの入射波の波浪スペクトル。
(下)南極冬季海氷域で観測された波浪スペクトル(赤線、+)。あわせて、波浪減衰モデルを用いて推定されたスペクトルを示している(〇)。

発表内容

1980年3月、昭和基地の北の浦定着氷(注2)が崩壊し*3、平らな海氷盤を滑走路として使用していた飛行機が水没する事故が発生しました。崩壊の原因はリュツォ・ホルム湾内の定着氷域まで100㎞以上伝搬してきたうねりで、この時の南大洋での波の高さは10mを超えていたと考えられています。このように、昭和基地があるリュツォ・ホルム湾定着氷へのうねりの影響は1980年から知られていますが、その後も定着氷の崩壊が断続的に起こっていることが観測されています*4
本研究では、海氷域を伝搬する波浪を観測するため、日本、ノルウェーおよびオーストラリアが共同で自作波浪ブイを開発し、第63次南極地域観測隊にてブイを氷上に設置しました(図2左上)。波浪ブイで使用しているマイクロコントローラーは低消費電力でありながら充分解析ができる演算能力があります。そのマイクロコントローラーをマイナス40度の低温下で作動する産業用慣性計測装置(IMU、注3)と組み合わせることにより、極域冬季の厳しい環境下での長期観測が可能となります。2022年2月4日に氷上に設置した波浪ブイは、2023年1月3日まで、実に330日も通信を続け、その間に計測した波浪スペクトルの数は4,000、GNSSの位置情報は10,000を超え、南極の海氷域を漂流した距離は5,000㎞でした。

今回計測したうねりは、沖合の流氷域に侵入する前は波高4m程度と推測され、特別に大きなイベントではありません(図2左下)。うねりは減衰しながら波浪ブイ地点まで1,250km伝搬し、計測地点では最大波高は約8cmでした。長期連続計測中のブイが、最大波高として約8cmという、弱いうねりでも高感度で捉えることが本観測によって実証されました。(図2右)。この計測により、開発した波浪ブイの性能が実証され、翌年の第64次南極地域観測隊での定着氷上への波浪ブイ多点展開の観測に活用されました(プレスリリース①)。

図2:2022年2月に氷上に設置した波浪ブイが、2022年7月に1000㎞海氷下を伝搬したうねりを計測
(左上)氷上に設置した波浪ブイ。
(左下)ERA5再解析の波浪場から波高4mのうねりが波浪ブイに向かって海氷域に侵入していることがわかる。
(右図)2022年7月20日―22日の波浪スペクトルの時系列。

海氷盤は波浪により曲げられ破壊されることもありますが、波浪が長距離伝搬してエネルギーを失うなか、どの程度の距離まで海氷盤を破壊する能力が保持されるのかを推定しました(図3)。

その結果、およそ400㎞程度までは減衰しても海氷盤を破壊する能力があり、1980年3月の昭和基地周辺で起こった海氷崩壊の要因が、うねりであったことを裏付ける結果が本研究の解析でわかりました。しかしながら、氷厚、海氷強度など海氷の物性値の不確かさは大きく、条件によっては、波浪伝搬距離が1000km近くに達しても氷を割る可能性があることも推測されます(図3)。

今後、開発した自作波浪ブイによるさらなる観測で、氷厚、海氷強度などのデータとともに、長距離伝搬するうねりと定着氷の崩壊など大陸沿岸海氷域の変動機構の解明が期待されます。

図3:波浪が海氷を破壊する能力
(上図)波高推定値。距離による指数関数的な波高の減衰を示す。
(下図)波浪による海氷の破壊能力を示す。破線が氷厚1mの場合の推定値、ハッチは氷厚、海氷強度などの不確かさに伴う推定誤差。

参考文献

*1 Rabault, J., ... T. Nose, T. Waseda, T. Kodaira, et al. A dataset of direct observations of sea ice drift and waves in ice. Sci. Data 10, 251 (2023). https://doi.org/10.1038/s41597-023-02160-9

*2 Nose T., Rabault J., Waseda T., Kodaira T., Fujiwara Y., Katsuno T., Kanna N., Tateyama K., Voermans J., & Alekseeva T. (2023). A comparison of an operational wave–ice model product and drifting wave buoy observation in the central Arctic Ocean: investigating the effect of sea-ice forcing in thin ice cover. Polar Research, 42. https://doi.org/10.33265/polar.v42.8874

*3 Higashi, A., Goodman, D. J., Kawaguchi, S. and Mae, S. (1982): The cause of the breakup of fast ice on March 18, 1980 near Syowa Station, East Antarctica. Mem. Natl. Inst. Polar Res., Spec. Issue, 24, 222-231

*4 Ushio, S. 2006. “Factors affecting fast-ice break-up frequency in Lützow-Holm Bay, Antarctica.” Annals of Glaciology 44: 177–182.

関連情報

プレスリリース①「南極で海氷大流出の観測に成功―昭和基地のあるリュツォ・ホルム湾定着氷の崩壊機構解明にむけて―」(2023/5/23)

関連のウェブ掲載記事
「しらせ」の最適航路を探れ!~氷縁域・流氷帯・定着氷の変動機構解明~」(2023/2/26)
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氷縁域・流氷帯・定着氷の変動機構解明としらせ航路選択」(2022)

用語解説

注1:海氷密接度
観測視野内のうち海氷が覆う面積の割合。ここでは値1は全面を海氷が覆い、値0は海氷が全くない状態であることを示す。

注2:定着氷
一般的には海岸に固着した海氷のことを指す。リュツォ・ホルム湾では湾全体を覆う動いていない海氷を指す。大陸沿岸の定着氷域から離れた沖合には、風や海流の影響を受けて漂流する流氷域が広がっている。

注3:慣性計測装置(IMU)
物体の3軸の加速度、角速度を計測する。GPSセンサーや地磁気センサーとの組み合わせで波浪ブイとして使用される。スマホなどに搭載されているため小型化、低価格化が急速に進み、世界的に観測機器として使用されるようになってきた。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院新領域創成科学研究科 海洋技術環境学専攻
  野瀬 毅彦(特任助教)
  早稲田 卓爾(教授)
  小平 翼(講師)
  勝野 智嵩(修士課程)

国立極地研究所
  牛尾 収輝(教授)

Norwegian Meteorological Institute(ノルウェイ気象研究所)
  Jean Rabault(ジャン・ラバルト)

University of Melbourne(メルボルン大学)
  Joey Voermans(ジョーイ・ボーマンス)

論文情報

雑誌名: Coastal Engineering Journal
題名:Observation of wave propagation over 1,000 km into Antarctica winter pack ice
著者名:
Takehiko Nose, Tomotaka Katsuno, Takuji Waseda, Shuki Ushio, Jean Rabault, Tsubasa Kodaira & Joey Voermans
DOI:10.1080/21664250.2023.2283243
論文公開日: 2023年12月1日
URL:https://doi.org/10.1080/21664250.2023.2283243

研究サポート

本研究は、科研費「基盤研究(A)南極定着氷の変動機構解明と砕氷船航路選択(課題番号:22H00241)」、「挑戦的研究(開拓)Wave-Argo-Typhoonの開発と国際的な展開(課題番号:20K20437)」、「基盤研究(A)海洋波による海氷形成から崩壊における構造化の解明(課題番号:19H00801)」、「若手研究 海洋表層ドリフターの大規模展開による沿岸流動場の把握(課題番号:21K14357)」、文部科学省「北極域研究加速プロジェクト(ArCS II: Arctic Challenge for Sustainability II)」の支援により実施されました。

お問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科
特任助教 野瀬 毅彦(のせ たけひこ)
Tel:04-7136-4639 E-mail:tak.nose@edu.k.u-tokyo.ac.jp
教授 早稲田 卓爾(わせだ たくじ)
Tel:070-1255-0681 E-mail:waseda@k.u-tokyo.ac.jp

報道に関すること

東京大学大学院新領域創成科学研究科 広報室
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