日本の古典籍中の「赤気」(オーロラ)の記載から発見された宇宙変動パターンの周期性と人々の反応に関する記述

2023年4月27日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所

国立極地研究所の片岡龍峰准教授は、日本の古典籍に残る、過去1400年にわたる「赤気」(オーロラの意)の記録から、太陽活動と地磁気の基本的な変動パターンが読み取れることを明らかにしました。これは、将来起こりうる巨大フレアや巨大磁気嵐への備えとなる重要な知見です。

また、個々の古典籍について、改めて丁寧に見直していくことによって、興味深い記述・表現・絵図が幾つも残されていることも確認されました(図1に一例)。オーロラを見た当時の人々の反応の記録からは、その驚きの表現などに関して、時代によって変わらないこと、あるいは時代によって変わることについて、さまざまなヒントを伺い知ることができます。このような調査は、当時の日本人が、オーロラなどの理解不能な天変地異をどのように認識していたかを理解するための重要な知見となります。

図1. 江戸時代の古典籍「一話一言」の写本。オーロラについて書かれた場面。雉の尾にも似た、赤い筋の絵が描かれている。https://www.digital.archives.go.jp/img/3870390(image17)

本成果は、国文学研究資料館が発行する学術誌Studies in Japanese Literature and Cultureに掲載されました。

研究の背景

太陽活動や地磁気の変動は、人間生活と無関係ではありません。特に現代では、太陽活動が激しくなり、磁気嵐(注1)が発生することで、地上では大規模な停電、宇宙では人工衛星の故障を引き起こすといった実被害に結びつく危険性があり、「宇宙災害」という言葉も生まれています(文献1)。また、稀に起こる大きな磁気嵐の時には、日本のような緯度の高くない地域でもオーロラが観測されることが知られています。このような特殊な赤いオーロラの目撃例は、日本の古典籍の中で、「赤気」という言葉で記録されてきました。

国文学研究資料館と極地研ほかが共同で研究を行った「オーロラ4Dプロジェクト」などでは、主に、日本書紀(注2)や明月記(注3)に記述された「赤気」や、江戸時代の明和七年(1770年)に『星解』という古典籍に描かれたオーロラ絵図(注4)等について、文理融合的に詳しい検討がなされてきました。ただ、この「赤気」に注目して日本の古典籍全体を見渡した際に、これらの研究で扱った個別の赤気イベントが、どのような位置づけになるだろうか、という点については、今後の課題として残されていました。

本研究では、1930年代に神田茂氏による先行研究(文献2)で見出された「赤気」のイベントリストを中心に、神田茂氏以外の研究者が見出してきた赤気記録も併せて吟味しつつ、まずは日本史を通じて赤気イベントを見渡すこと、その上で日本書紀・明月記・星解のイベント発生を全体の中で相対的に位置づけることを試みました。また、赤気イベントの発生パターンに注目することで、これまでにリストアップはされていたが、原本や写本などが丁寧に調べられていなかった記録について調査し、考察しました。

研究の成果

今回、片岡准教授は、神田氏のリストに挙げられていた古典籍と、それ以外に「赤気」の言葉が出てくる古典籍を調査しました。物理学的な視点から、「赤気」の出現が地磁気の変動の理論的予測と整合的かどうかを調べました。人文学的な視点から、歴史的な価値や、その前後関係、「赤気」の表現、描かれている人々の様子の変化などについて調査を行いました。

その結果、明らかになったことのうち、特に興味深い点として、以下の3点をここに紹介します。

(1)過去1400年、太陽や地磁気の変化の性質は大きく変わらない

過去1400年の日本史を見渡した赤気イベントの発生には、太陽活動(グランドミニマム、11年周期、27日周期)と地磁気変動(永年変動、季節依存)のパターンの全てが見いだされること。これは過去1400年を通して、現在の太陽活動と地磁気変動の理解が成立する、つまり、太陽や地磁気の変化の性質が大きく変わらないことを表しています。日本書紀・明月記・星解の赤気イベントについては、太陽活動と地磁気変動の中でも、赤気の発生しやすい条件が複数重なることで、特に目立つイベントであったことがわかりました。

図2. 過去1400年の日本史を通して「赤気」のイベント数を示した図

(2)江戸時代の文献に、日本書紀に書かれた「雉尾」を彷彿とさせるカラー絵図

赤気について書かれた江戸時代の文献(図1)の中に、日本書紀に書かれた「雉尾」の尾羽をほうふつとさせるカラーの絵図があったこと。また、それを、歌舞伎の隈取を連想させる「ボツトクマドリタル」と表現していたこと(注5)。この絵図に関しては、言葉が省略されてあいまいになっている表現について、理解を深めることに役立つ可能性があります。すなわち、赤気のイラストとして赤い色で一つの筋が描かれていたことから、日本書紀でオーロラの形の例えとして使われた「雉尾」という語は、雉の尾の全体ではなく、尾羽の一枚一枚のことであるとも推察できます。

(3)織田信長、赤気を凶兆と捉えず

織田信長の死の3か月前に現れた赤気を、信長が凶兆と捉えずに戦に向かったことについて、当時の人々が驚いていたこと(図3)。本文献は、ポルトガルから来日した宣教師、ルイス・フロイスによって書かれたもので、外国人の視点による日本人に関する記述という点でユニークであり、理解できない天変地異を目撃した当時の日本の人々の様子を詳しく知る手掛かりとなります。

図3. 耶蘇会の日本年報 第1輯、https://doi.org/10.11501/1041119(image159)

本研究の意義

本研究によって、日本史全体を見渡しながら、オーロラに関する科学的な視点も通して、個々の古典籍を見直していくことの重要さや面白さが明らかになりました。新たな古典籍を発見して情報を追加することも重要ですが、本研究は、科学的な知見も踏まえつつ、既知の古典籍を丁寧に調べ、全体の中で位置づけていくような研究を重ねることで、人文学的にも自然科学的にも豊かな知見が得られる可能性を示しています。この手法の重要性は、「赤気」の研究に限ったことではなく、他の様々なテーマの研究にも言えることです。

発表論文

掲載誌:Studies in Japanese Literature and Culture
タイトル:Clustering Occurrence Patterns in “Red Sign” Auroral Events throughout Japanese History
著者:片岡 龍峰(国立極地研究所 先端研究推進系 宙空圏研究グループ)
URL:http://id.nii.ac.jp/1283/00004724/
論文公表日:2023年3月27日

注1:磁気嵐:地磁気が、世界規模で数日間弱くなる現象。大規模な磁気嵐では、活発なオーロラ活動によって地上の送電網に誘導電流が流れて停電が発生したり、人工衛星の故障が引き起こされたりする場合がある。

注2:国立極地研究所、国文学研究資料館、総合研究大学院大学プレスリリース「日本最古の天文記録は『日本書紀』に記された扇形オーロラだった」(2020年3月16日)https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20200316.html

注3:国立極地研究所、国文学研究資料館、総合研究大学院大学、京都大学プレスリリース「『明月記』と『宋史』の記述から、平安・鎌倉時代における連発巨大磁気嵐の発生パターンを解明」(2017年3月21日)https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20170321.html

注4:国立極地研究所、国文学研究資料館、総合研究大学院大学プレスリリース「江戸時代のオーロラ絵図と日記から明らかになった史上最大の磁気嵐」(2017年9月20日)https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20170920.html

注5:「赤気。長凡九尺余幅五寸許、地ヨリ離ルコト五六丈。以上皆下ヨリ見ハカライテノ寸尺ナリ。酉ノ半刻頃ヨリ戌ノ刻ニ至テ消ル。遠近ハハカリガタシ。関宿城中ヨリ見わたせバ、戌亥の方より、少し子の方ヘフリテアラハル。其色真ノ朱の如クニシテ、上下トモニボツトクマドリタルヤウニ見ユ。」と書かれている。1781年1月6日の出来事。

文献

文献1:片岡龍峰(2016)『宇宙災害』化学同人

文献2:神田茂(1933)「本邦に於ける極光の記録」天文月報 26:11, pp. 204-210、神田茂(1935)「赤気」日本天文史料,pp. 727-735

研究サポート

本研究は、国文学研究資料館の「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」(https://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/)の支援を受けて実施されました。

お問い合わせ先

研究内容について
国立極地研究所 先端研究推進系 宙空圏研究グループ 准教授 片岡 龍峰

報道について
国立極地研究所 広報室