東南極氷床変動の復元と急激な氷床融解メカニズムの解明

課題番号:AJ1002
代表者:菅沼悠介(国立極地研究所)

観測目的

近年、南極氷床の融解や流出の加速が相次いで報告され、近い将来の急激な海水準上昇が心配されています。しかし、南極氷床の融解や海水準上昇には、未解明の課題が多く残ることから、正確な将来予測は難しいのが現状です。その課題の一つに、現代の衛星や現場観測による過去数10年のデータからのみでは、それ以上の長期的な南極氷床や南大洋の変動の特性を理解することが難しい点があります。一方、南極大陸上や沿岸の海底には、間欠的ながら長期間の南極氷床や南大洋の変動が地形や地層に記録されています。つまり、これらの地形や地層から過去の南極氷床や南大洋の変動を復元することができれば、南極氷床の融解のメカニズムの理解や、将来予測の高精度化に貢献することができるのです。そこで本プロジェクトでは、東南極沿岸域の陸上・湖底・海底での地層掘削や、南極大陸内部での氷河地形調査などを実施し、過去に南極氷床や南大洋でおきた氷床融解や気候変動の復元を進めます。また、東南極内陸部に存在する永久結氷湖での地層掘削へのチャレンジや、西南極ロス棚氷での国際的な地層掘削プロジェクトへの参画も通して、南極氷床の融解メカニズムの解明を目指します。

本プロジェクトの模式図

観測内容

本プロジェクトでは、特に約12万年前の温暖期(最終間氷期)以降の南極氷床および南大洋変動の復元を目指して、東南極沿岸域の陸上・湖底・海底の地層掘削に挑みます。この実現のため、これまでに開発してきた湖沼・浅海用の地層掘削システムを発展させた大深度掘削システムの開発と、新たな大型ボーリングマシンなどの導入により、これまで困難であった南極沿岸での地層サンプルを採取します。また、インドやオーストラリアの南極観測隊の協力も受けることで、昭和基地のあるリュツォ・ホルム湾にとどまらず、中央ドロンイングモードランドや、プリッツ湾などでも現地調査を展開します。採取した地層サンプルから、湖や海の環境変化に敏感な微化石・化学成分の分析や、最新の年代測定を駆使することで、過去におきた大規模な南極氷床の融解の規模やタイミングを精度良く復元します。

新開発の地層掘削システム(可搬型パーカッションピストンコアラー)(菅沼ほか、2019)(特許6824503)を用いた南極での湖沼掘削風景。(撮影:JARE59 菅沼悠介)

さらに、南極観測船「しらせ」も積極的に活用し、トッテン氷河沖まで拡げた東南極周辺海域の深海底からも地層サンプルを採取することで、過去の急激な南極氷床融解のシグナルを捉えます。そして、衛星観測データや、スーパーコンピューターを駆使したモデル研究とも連携し、現在の状況との違いを明らかにすることで、最終間氷期以降の東南極氷床の変動量やそのタイミングを高精度で復元することを目指します。これらのデータは、他の重点研究計画によって取得される海洋や氷床の現場観測データと組み合わせることで、大規模且つ急激な氷床融解のトリガーとなった海洋条件(特に周極深層水の流入)の解明や、将来予測の高精度化につながります。さらに、東南極内陸部での永久結氷湖掘削や西南極ロス棚氷下掘削などの国際プロジェクトにも参画することで、南極科学における日本のプレゼンスを示します。