東南極の氷床ー海氷ー海洋相互作用と物質循環の実態解明

課題番号:AJ1003
代表者:溝端浩平(東京海洋大学)

観測目的

地球温暖化に伴う海水準上昇は、今後も極めて高い確率で継続すると予測されています。一方で、この予測をより正しく行うためには海水準上昇をもたらす南極氷床の質量損失の詳細を明らかにする必要があります。これまで氷床の質量減少は主に西南極(西経領域)で報告されてきましたが、近年は莫大な氷床が存在する東南極(東経領域)において暖かい海水流入による氷床融解が指摘されています。この氷床融解に起因する海洋への莫大な淡水放出は、海水準上昇に直結するだけでなく、海氷形成過程の変調を介して気候システム変動にかかわる物質循環の変動や深層大循環の弱化をもたらします。つまり、南極における氷床―海氷―海洋システムの実態解明は海水準上昇や気候システム変動の理解と予測における最優先課題の1つです。

我々は氷床―海氷―海洋システム変化の最前線である東南極において、「海洋における暖水輸送過程」「氷床融解過程と海洋への淡水量供給」「海氷の形成量変動・形成過程・物質の取り込み」「海氷の流動・融解による物質輸送」「氷床―海氷―海洋システムと大気変動とのかかわり」をターゲットとする統合研究観測を展開し、氷床―海氷―海洋システムの実態を解明し、海水準の将来予測に貢献します。

本プロジェクトの模式図

観測内容

ユニット1:

南極氷床の融解をもたらす暖水「周極深層水」はもともと外洋域に存在します。近年我々は、東南極の外洋に存在する巨大定在海洋渦が、氷床が存在する東南極の大陸棚へ暖水を恒常的に輸送することを船舶観測および衛星観測から明らかにしました。これは、氷床融解の将来予測において、この定在海洋渦の再現が欠かせないことを意味します。しかし、定在海洋渦の形成要因や循環強度(流れの強弱)を左右する要因については不明であり、定在海洋渦の再現は容易ではありません。ユニット1では、この定在海洋渦の空間構造や循環強度・熱輸送量、さらにそれらの時間変動と変動要因について現場観測を通じて明らかにします。

ユニット2:

沖合起源の暖水(周極深層水)の流入による顕著な底面融解が報告されている東南極の白瀬氷河およびトッテン氷河の近傍海域を中心に海洋観測(船舶,係留観測)および氷河学的観測(アイスレーダーによる底面融解強度の直接観測)を実施し,両海域における氷床海洋相互作用の実態を明らかにします。氷床海洋相互作用の素過程の理解は,氷床末端部の融解プロセスが生態系・物質循環の変動へと及ぼす影響評価の基礎的知見にもなります。

ユニット3:

南極氷床の融解は沿岸環境の変化を招き、海氷生成過程に変化をもたらすことが考えられます。沿岸で生成される海氷は、生成時に周辺の生物を含む様々な物質を取り込みます。取り込まれた物質は海氷とともに流れ、その一部はユニット1が注目する定在渦などによって外洋域に運ばれます。春から夏の海氷融解時にはこれらの物質が海水中に放出されることで、氷縁ブルームをはじめとする生物活動に影響します。このような現象は広大な南大洋季節海氷域で一般的に見られますが、沿岸域から海氷によって運ばれる物質との関わりは明らかになっていません。ユニット3では沿岸観測によって海氷生成が生じる環境と物質の取込みの関係、夏に海氷が融けていく際に生じる生物・物質循環過程の時間変化を観測で明らかにします。また、海氷融解後、夏から秋の期間に生じる環境と生物生産過程・物質循環像に着目し、南大洋の生物生産が活発な春から秋の季節変化とその要因の解明を目指します。