南大洋上の雲形成メカニズムの解明と大気循環の予測可能性の向上

課題番号:AJ1005
代表者:猪上 淳(国立極地研究所)

観測目的

確実に進行する海水準上昇や常態化する極端気候現象に直面する近年、海氷・氷床の減少に代表される極域の急激な変化は、多くの人々が暮らす中低緯度にも影響するようになりました。しかし、極域の過去・現在・未来を読み解くための大気・海洋大循環気候モデルは、南大洋上の海面水温や海洋循環、さらには大気循環の再現性に大きな課題を抱えています。これは、気候システムの熱的制御機構を担う雲について、その相状態(水雲か氷雲か)を十分に表現できていないことが主な原因と言われています。そのため、南大洋特有の雲生成過程の理解が必要不可欠です。一方で、現実世界では、海洋熱波などをきっかけに極端な気象現象が頻発し、その精緻な予測が必要となっています。特に南半球は数値予報のための観測データが少ないため、良質な観測データの提供が望まれます。そのためには予測に資する持続可能な観測システムの検討が必要です。

このような気象学的背景のもと、本プロジェクトでは、南極観測船「しらせ」による南大洋特有の雲の生成過程の実態を解明する観測研究とともに、昭和基地での大型大気レーダー「PANSYレーダー」のデータを応用した予測可能性研究を実施します。

本プロジェクトの模式図

観測内容

「しらせ」によるトッテン氷河沖での観測航海で、雲を捉える観測を実施します。この海域は棚氷の融解水が海面に浮上してくる海域であるとともに、海氷縁では生態系の活動が活発で、氷雲を形成する氷晶核粒子(大陸基盤岩起源のダストやバイオエアロゾル)が海水中に多く含まれている可能性が高く、南大洋特有の雲生成過程を解明するための手がかりを得られることが期待されます。そこで、海洋起源の雲核の供給過程を把握するために、しぶきの観測を行うとともに、表層水のサンプルから海水中の粒子の化学組成を同定します。また、雲核となるエアロゾル粒子のサンプリングを船上で行うとともに、ドローンでエアロゾルの数濃度の鉛直分布を調べます。同時に、雲の相状態を判別する船上リモートセンシング測器や、雲粒の数や大きさを観測できる特殊なラジオゾンデで、南大洋上の雲の実態把握を行います。冬季については波浪ブイで結氷期の波高の季節変化を計測するとともに、定期的かつ通年に渡って時系列で海水を採取できる係留系で海洋起源の雲核の特定を目指します。このような大気−氷床−海洋−生態系の一連の観測から、近未来の気候の将来予測に資する南大洋特有の雲生成過程を究明します。

一方、昭和基地のPANSYレーダーで得られたデータについては、その高時間分解能な特徴を活用し、対流圏から成層圏下部に至る水平風のデータを、気象の予測可能性研究に応用します。具体的には、PANSYレーダーを気象予測のための新しい観測システム候補として捉え、大気大循環モデルに実装されたデータ同化システムにPANSYレーダーのデータを入力し、数値予報における観測インパクトの局所的・遠隔的影響を季節毎に調べます。「しらせ」の安全な運航や豪州等の極端気象現象の高精度予測に応用できるかを検証します。

しらせ船上でのラジオゾンデ観測(撮影:JARE61)

昭和基地のPANSYレーダーアンテナ群(撮影:JARE62 蓜島宏治)