第63次南極地域観測隊は、昭和基地での観測継続に必要な人員の交代と物資輸送を最優先として行います。加えて、氷床深層コア掘削に向けた内陸への燃料・物資輸送及び掘削地点最終決定のためのレーダー観測等、62次計画で実施を見送った夏期の研究観測を可能な限り実施する予定です。63次計画では、南極観測船「しらせ」による行動に加え、先遣隊として南極航空網を利用した行動および別動隊として東京海洋大学の練習船「海鷹丸」による海洋観測も、国内外の新型コロナウイルス感染症の流行状況に留意しつつ実施します。
第63南極地域観測隊では、南極観測船「しらせ」での本隊の行動、ドロムラン(DROMLAN)での先遣隊による内陸ドーム旅行、「海鷹丸」での別動隊の行動を予定しています。
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南極観測船「しらせ」
氷厚約1.5mの平坦氷海域を3ノット(時速約5km)で連続砕氷航行が可能な砕氷船です
ドロムラン(DROMLAN)
ドロムラン:ドロイングモードランド航空網
南極のドロイングモードランド地域で観測を実施する11カ国が共同で設立した航空網です
東京海洋大学「海鷹丸」
東京海洋大学の練習船です
雪上車
積雪地における人員や物資の輸送に使用されます
区分 | 部門 | 担当機関 | 観測項目名 |
---|---|---|---|
定常観測 | 電離層 | 情報通信研究機構 | ①電離層の観測 ②宇宙天気予報に必要なデータ収集 |
気象 | 気象庁 | ①地上気象観測 ②高層気象観測 ③オゾン観測 ④日射・放射観測 ⑤天気解析 ⑥その他の観測 | |
海洋物理・化学 | 文部科学省 | ①海況調査 ②南極周極流及び海洋深層の観測Topic15 | |
海底地形調査 | 海上保安庁 | 海底地形測量 | |
潮汐 | 海上保安庁 | 潮汐観測Topic1 | |
測地 | 国土地理院 | ①測地観測 ②地形測量Topic8 | |
モニタリング観測 | 宙空圏 | 国立極地研究所 | 宙空圏変動のモニタリング |
気水圏 | 気水圏変動のモニタリング | ||
生物圏 | 生態系変動のモニタリング | ||
地圏 | 地圏変動のモニタリング | ||
学際領域(共通) | 地球観測衛星データによる環境変動のモニタリング |
区分 | 観測・研究計画名 |
---|---|
公開利用研究 | しらせ船上での大気中のO2及びCO2濃度の連続観測 |
波浪緩衝帯としての南極氷縁域の研究 | |
昭和基地周辺地域における火星模擬候補地の調査Topic11 | |
継続的国内外共同観測 | オーストラリア気象局ブイの投入 |
Argoフロートの投入 | |
その他 | 氷海航行試験 |
①旧建屋解体工事Topic5 |
②コンテナヤード・道路補修工事 |
③300kVA発電機オーバーホール |
④廃棄物埋立地拡散防止処理 |
東オングル島西側の小さな湾は、『西の浦』と呼ばれています。この西の浦にある『西の浦験潮所』で行われている海面の高さをリアルタイムに測る潮汐観測は、海上保安庁によって12次隊(1971年)から開始され、長年継続的に行われています。
船は海に浮かんでいるので、船から測る水深は潮汐のデータで補正して初めて正確なデータになります。また、潮汐観測は長期的な海面の上下動の観測、地盤変動の把握及び津波の観測等にも寄与しています。
63次隊ではその潮汐観測用の水位計の予備機兼後継機を設置します。この水位計設置作業は、59次隊以来となるもので、数年に1度行わなければならない大切な作業です。
水位計
水位計訓練のようす
具体的には、水位計を西の浦験潮所付近の海岸からゴムボートで沖数十メートルの所まで曳航した後、降下させ設置します。水位計は西の浦験潮所内の接続箱とケーブルで繋ぎますが、ケーブルは海底を引きずると切断する恐れがあるため、途中を浮きで浮かべて曳航します。水位計設置完了後、ケーブルから浮きを外し敷設します。この作業はゴムボートで行うため、海氷が少ない夏期間に1週間ほどかけて作業を行います。
潮汐観測は、海図作成に必要なだけでなく、海面や地盤の長期的な変動や津波の観測等の海洋現象研究の基礎となる重要な観測です。継続して正確に観測し続けることが重要であり、今回の水位計の予備機兼後継機を設置することも必要不可欠な作業です。
潮位観測装置概要
地球の気候は、地球全体をめぐる大気の流れ(大気大循環)によって決まっています。しかし、特に南極や中間圏(概ね高度50~90km)の大気の流れは観測が難しく、よく分かっていません。
このプロジェクトでは、大型大気レーダー(PANSYレーダー)を中心に、電波や光を使って昭和基地上空の風や温度、物質分布を測定する様々な観測装置を組み合わせ、大気重力波(大気中の浮力を復元力とする大気の主要な波)が、大気大循環を作り出すのに果たす役割を明らかにすることを目指しています。
63次隊では、このPANSY大気レーダーによる通年連続観測を中心に、電波や放射光を用いた南極上空の温度・風速・組成の相補的諸観測を行います。
また、2022年1月実施予定の第7回大型大気レーダー国際協同観測(ICSOM)を主導します。
PANSYレーダーの高精度連続観測データ、およびICSOMキャンペーンの国際協同観測データが蓄積され、南極上空の大気重力波の活動や南極と北極をつなぐ大気大循環がどのように影響しあって変動するのか、そのメカニズムを探る研究が進展すると期待されます。また、PANSYレーダーは、2027年までフルシステム観測を継続することを予定しています。その長期データを用いて数分スケールの大気重力波から11年周期の太陽活動までの幅広い時間スケールの現象・変動を一体的に取扱い、さらに、それらの間の相互作用を明らかにすることを目指しています。
PANSYレーダー:Program of the Antarctic Syowa MST/IS radar
高さ3mのアンテナ約1000本を使って上空の風やプラズマを観測する装置です。2011年に昭和基地に建設され、2012年より部分システム、2015年よりフルシステムによる観測を継続しています。
大型大気レーダー国際協同観測ICSOM:Interhemispheric Coupling Study by Observations and Modeling
国内外の研究機関と協同し、世界中の大型大気レーダーで同時に観測することで、地球全体の大気の流れと大気重力波の様子を探ります。
PANSYレーダー
大型大気レーダー国際協同観測(ICSOM)
このプロジェクトでは、同じ高度を1か月以上にわたって浮遊可能なスーパープレッシャー気球という特殊な気球に気象観測装置をぶら下げ、南極大陸および南極海上空の下部成層圏(高度19km付近)を周遊させる観測を、63次夏期間中(2021年12月~2022年1月)に3回行います。この観測により、南極上空の様々な場所の気象データを取得します。
また、水蒸気ゾンデという装置をゴム気球に吊るして放球し、昭和基地上空の地上から高度約25kmまでの水蒸気量を高精度で測定する観測も行います。
スーパープレッシャー気球は、注入したヘリウムガスによる浮力と気球・観測装置の重量が釣り合う高度に滞留し、その高度の風によって流されます。この観測では、高度19km付近に滞留するように調整した直径約8.5mの気球に気温・気圧・水平風速を測定可能な観測装置を吊るし、昭和基地から放球します。同気球は最長で1月以上にわたって南極上空を周遊し、観測データをイリジウム通信により地上に送信します。
一方、水蒸気ゾンデは、温度を下げると水蒸気が結露する性質を用いて低濃度の水蒸気量を正確に測定する装置です。水蒸気ゾンデ観測を3か月に1回の頻度で1年を通して実施し、昭和基地上空の水蒸気量の高度・季節変化を捉えます。
スーパープレッシャー気球観測では、大気重力波と呼ばれる大気波動が大気大循環を駆動する際の原動力を推定することができます。同様に大気重力波を観測することができる大型大気レーダー(PANSY)と組み合わせることで、南極域における大気重力波の効果を3次元的に捉えることができると期待されます。
第Ⅹ期6か年計画(64~69次)では、スーパープレッシャー気球を用いたキャンペーン観測を複数回実施する予定です。また、地上気温に影響を及ぼす上空の水蒸気量の変化を長期的に捉えるため、昭和基地における水蒸気ゾンデ観測は今後も定期的に実施していく計画です。
スーパープレッシャー気球の放球作業訓練のようす
水蒸気ゾンデ観測訓練のようす
昭和基地はオーロラ帯の直下にあり、オーロラを観測するのに絶好の場所に位置しています。オーロラは、宇宙空間からエネルギー約0.1~数10キロ電子ボルト(keV)の電子が高度約100~300kmの大気に衝突して発光する現象ですが、同時にもっと高いエネルギー(数10~数1000keV)の電子が降り込む場合があります。この高エネルギー電子は、高度約50~90kmの大気を電離したり、化学反応を通じてオゾン減少の原因になると考えられているため、近年注目されています。
試験観測のため設置したスペクトルリオメータのアンテナ
63次隊では、新しい観測装置「スペクトルリオメータ」を昭和基地に設置して、この高エネルギー電子降り込みを1年間連続観測し、中層大気へ及ぼす影響を調査します。
このスペクトルリオメータは、銀河から放射される20~60メガヘルツ(MHz)の広い周波数帯の電波を連続的に観測し、その電波強度の電離層での吸収量を測定する装置です。この電離層吸収量から上空約50~120kmの電子密度の分布及び、オーロラに伴って宇宙空間から降り込んでくる高エネルギー電子のエネルギー分布を推定することができます。これらのデータを昭和基地で同時観測される様々な中層大気データと比較することで、高エネルギー電子降り込みが大気へ与える影響を知ることができます。
本観測で推定される高度約50~120kmの電子密度の分布及び、オーロラ入射電子のエネルギー分布を、昭和基地に設置されているオーロラ高速イメージャや大型大気レーダー、ミリ波分光計などで同時観測されたデータと比較します。
それにより、①どのようなタイプのオーロラが発生したときに高エネルギー電子が大気に降り込んでくるのか、②高エネルギー電子降り込みがオゾン減少の原因となる大気微量成分を生成しているのか、③冬季に中間圏(高度50~90km)で頻繁に観測されるレーダーエコーがどのように発生しているのか、といった未解明の謎に迫り、高エネルギー電子降り込みが地球大気に与える影響を定量的に明らかにすることを目指します。
設営の業務は、①輸送(1年間の越冬観測と生活を支えるための燃料と食糧、観測物資、生活物資、建築・設備資材、車両などを国内から輸送) ②基地設備の維持(燃料の管理、設備や車両などのメンテナンス、建屋の維持) ③生活基盤の維持(無線通信と衛星回線の確保、調理・医療・環境保全) ④観測支援(野外観測時の安全管理、衛星データの受信、小型ヘリコプターの運用)など、南極での隊員の生活を支え、安全で効率的な観測の推進のため、さまざまな業務を行っています。
・旧建屋解体工事:旧電離棟と地学棟内部の解体
基本観測棟への機能移転を行なう地学棟(1978年建設)の内装を撤去して翌年の解体に備えるとともに、旧電離棟(1966年建設)の解体を実施する予定です。古い建物を解体することによって、建物管理に要する隊員の負担軽減を図ります。
・西部地区新規道路工事
64次隊から予定している新夏期隊員宿舎の建設工事に伴い、工事期間中の夏期と積雪が増える冬期に使用する道路を新たに設置します。老朽化する建物の解体だけでなく、老朽化を見越した建て替えに備えての工事となります。
設営計画は第Ⅸ期計画に基づき、再生可能エネルギーの利用促進と廃棄物の適切な管理を行いながら、老朽化した基地設備の更新、建物の集約化を進めています。計画に当たっては、観測活動に起因する環境負荷を軽減させるとともに観測隊員の負担低減を図り、さらに、「しらせ」の昭和基地への接岸断念や、昭和基地における火災や停電等の多様な非常事態、今後の観測計画の展開も考慮した昭和基地整備や設営体制等の強化を図ります。
地学棟
旧電離棟
63次隊では、観測隊ブログや極地研公式SNSを活用しながら、現地での活動の様子を発信するとともに、テレビや新聞などのマスメディアを通じてその活動を広報します。また、南極からのライブ中継イベントを行うことで、リアルタイムで 南極の“今”をお届けします。
夏期間に実施する「南極授業」では、教員南極派遣プログラムに参加する現職教員2名により、南極から4回のリアルタイム授業を実施し、初の試みとして、「南極授業」の様子のYouTubeライブ配信を行う予定です。
61次隊で実施した南極授業のようす
南極授業の予定(2021年11月17日更新)
2022年1月29日(土) 日出学園中学校・高等学校(参加者募集予定)
2022年2月2日(水) 日出学園中学校・高等学校(生徒向け)
2022年2月4日(金) 宇都宮大学共同教育学部附属小学校(児童・生徒向け)
2022年2月5日(土) 宇都宮大学(参加者募集予定)
2022年2月7日(月) 宇都宮大学共同教育学部附属小学校(生徒向け)
観測隊ブログ・極地研公式SNSでの情報発信
・観測隊ブログ https://nipr-blog.nipr.ac.jp/jare/jare63/
・極地研公式SNS
これまでに実施してきたウェブメディアやライブ中継イベントによる情報発信と、コロナ禍で国民により広く普及したソーシャルメディアの活用を組み合わせることにより、個人に向けた速報性のある発信を実現し、より広報効果を高めることが期待できます。社会環境の変化に柔軟に対応しながら、多様なメディアを活用して、今後も南極観測の意義や魅力を発信していきます。
※南極観測ウェブサイトでは、広報・教育や教員南極派遣プログラム、南極授業について、詳しく掲載しています。是非ご覧ください 。
南極大陸は平均厚さ2000mの氷、すなわち「南極氷床」に覆われています。この巨大な氷は「氷河」と呼ばれる速い流れとなって沿岸に移動し、海に張り出した「棚氷」となって、海洋へと流出していきます(参照:ラングホブデ氷河での観測活動を示す概念図)。
近年この流れが加速してより多くの氷が海へと失われ、南極氷床が縮小しつつあります。本観測では、昭和基地から30km離れたラングホブデ氷河で、氷の流れと海への流出を様々な手法で直接観測します。氷河の流動速度、氷底面の滑り易さ、棚氷下の海洋環境など、氷河と海洋の境界プロセスの解明を目指します。
氷河の流動メカニズムを解明するためには、氷が大陸の上を滑る氷河底面での観測が重要です。しかしながら、厚い氷に覆われた底面へのアクセスは容易でありません。そこで、私たちは「熱水掘削」と呼ばれる手法を使って、厚さ400m以上の氷を融かしながら掘削します。氷河の底まで届く縦孔を使って、氷が滑る速度、氷を持ち上げる水圧、底面堆積物のサンプリングなどを実施します。
熱水掘削による観測は、世界でも限られたチームによってのみ実施されているものです。また氷河の上では、精密測量装置(GNSS)、地震計、自動撮影カメラ、無人飛行機などを使って、氷の流動を詳細に調べます。特に氷の融け水による氷河上の湖では、その深さや水温・水質の測定など、世界初となるデータの取得に挑みます。
今回の観測の一番の狙いは、氷河底面での観測です。過去にラングホブデ氷河の棚氷を掘削して成果を挙げてきましたが、陸の上に載った氷河を掘削するのは初めてです。そのような氷河底面の観測は南極では例が少ないものです。掘削孔を使った氷河底面と内部の観測を、氷河上で実施する多数の測定と組合せることで、氷河の流動とその変化を駆動するメカニズムが明らかになります。その結果から、南極氷床の氷損失の原因を究明し、氷床変動の将来予測に貢献することが期待されます。将来的には他の氷河へも観測を展開すると共に、ヘリコプターや最新技術を使った新しい測定手法を導入して、氷床・海洋相互作用と氷床変動の解明を目指しています。
ラングホブデ氷河の末端部
画面の下側が棚氷と海の境界
ラングホブデ氷河での観測活動を示す概念図
熱水掘削のようす(59次隊)
国土地理院では、これまで位置の基準の整備や科学的な基礎情報の提供を目的として、リュツォ・ホルム湾岸やプリンスオラフ海岸の露岩域を中心に、GNSSを用いた測量や地図作成のための空中写真撮影とともに重力の値を測定してきました。重力の値は地下構造などを反映して僅かに変化します。そのため、様々な場所で正確な重力の値を測定することが、標高といった位置の基準やグローバルな地球の形を決めることにつながります。
63次隊ではAQGという新たな量子型絶対重力計を初めて南極へ持っていき、重力の測定を行います。AQGは重力の値そのものを測定することができる絶対重力計で、これまで南極で測定実績のあるFG5という絶対重力計とは異なる原理で測定します。また、FG5と異なり屋外環境でも測定できるよう設計されています。
まずは、昭和基地の重力計室に設置されている国際的な重力測定点(IAGBN点)にFG5とAQGの二つの絶対重力計を一つずつ設置し、それぞれの重力計で絶対重力値の測定を行います。重力の値を決めるのには、一つの重力計で数日から1週間程度かかります。この測定では、IAGBN点における最新の重力値を決定するとともに、初めて南極へ持っていくAQGでFG5と整合的な値が得られるかを確認します。その後は、AQGを昭和基地の屋外と昭和基地から南に30km程度離れたラングホブデの測定点に設置し、絶対重力値を測定します。屋外環境でAQGが問題なく動作するか、重力値を得るのに必要な観測時間がどの程度かを調査することも目的です。測定結果は国内に持ち帰った後、再解析を実施し結果を検討します。
国土地理院重力室における試験観測
低温実験室における動作試験
AQGとFG5という異なる機構を有する絶対重力計でIAGBN点の最新の値を測定できるということは、結果をより客観的に評価することにつながります。また、AQGを用いて期待どおりに屋外測定できることが確認されれば、今後はさらに多くの地点で絶対重力値の測定を行うことが可能になります。これまで野外での重力値を得るためには、絶対重力計とともに重力の値の差のみを測定可能な相対重力計を用いてきました。絶対重力計は相対重力計に比べて、測定の精度が高いだけでなく、相対重力計で避けることのできない機械的なドリフトの問題もありません。将来的には、これまでよりも高い精度の重力の値が複数点で決まることが期待されます。
国内で行われた複数の絶対有力計による事前測定のようす
このプロジェクトでは、昭和基地および野外の基盤岩の露出した地域の2・3か所で絶対重力測定を行い、これまでに測定された重力値と比較して重力変化量を測定します。また、これまで市販の絶対重力計を用いて測定していましたが、今回は日本で新たに開発された絶対重力計を2台持ち込み、その精度の検証などを行います。
その他、将来の南極大陸の氷床上での測定に備え、沿岸の氷床上で気温や風速などの自然環境の測定や絶対重力測定に影響を与える地盤振動の状態について調査を行います。
2021年12月下旬から2022年1月上旬にかけて、昭和基地の重力計室においてFG-5・A10・TAG-1・TAG-2の4台の絶対重力計を用いた測定を行います。昭和基地では、これまでFG-5・A10による測定が実施されています。今回新たに開発されたTAG-1・TAG-2で同じ場所で測定を行い、その測定精度の検証を行います。
2022年1月上旬から下旬には59次隊で測定を実施したラングホブデとルンドボークスヘッタにおいてA10を用いて野外測定を行い、前回の結果と比較し重力変化の検出を目指します。また、新たにスカルブスネスでも測定を行います。その他、2月上旬に南極大陸氷床上のS16において、自然環境や地盤振動について予備調査を行います。
今回の観測では、53次隊、59次隊で測定を行った点(ラングホブデ)で3回目の測定を行う予定です。精度よく測定ができれば重力変化を検出できます。ラングホブデではGNSSの連続観測も行われており、上下変位と重力変化を両方検出できれば、モデル計算とは独立して、地球内部構造についての情報を得ることができます。
63次隊では新たに開発された絶対重力計も持ち込み、測定を行う予定で、これまで用いてきた重力計と比較測定することにより、新しい重力計の精度や使いやすさの検証をすることができます。新たな重力計は、今後も観測を続けていく上で新たな武器となることが期待されます。
地質調査のようす
63次隊では、リュツォ・ホルム湾沿岸~プリンスオラフ海岸~エンダビーランドの広域の露岩域での地質調査によって、南極大陸のこの地域に分布する太古代初期(>25億年前)から古生代初期(5億年前)にかけての長い時間軸での大陸地殻進化についての情報を引き出して、地球史における南極大陸のこの地域の位置付けとテクトニクスの再検討を行います。
1. プリンスオラフ海岸:あけぼの岩よりも東に位置する未調査露岩を含めた原生代中期(10億年)と古生代初期(5億年)の地質境界の探査(約10日間)
プリンスオラフ海岸東部の地質調査と採取試料の解析によって、58次隊であけぼの岩から得られた新たな年代の広がりや解釈を検証し、プリンスオラフ海岸東部の地質構造区分の再検討・地質学的な位置づけを解明します。
2. リュツォ・ホルム湾西岸ボツンネーセ地域:ベストホブデおよび周辺の未調査露岩など“リュツォ・ホルム岩体”東縁部地質精査(約20日間)
リュツォ・ホルム湾西岸ボツンネーセ地域の地質調査と採取試料の解析によって、最近提案されたリュツォ・ホルム湾周辺の約6-5億年前の新たな地体構造区分図の検証とモデルの提唱を行います。
3. エンダビーランド:太古代(>25億年前)の地球史初期の記録を探る日本隊未調査露岩の調査(2~3日程度)
エンダビーランドでのこれまで日本隊が未調査露岩の調査と採取試料の国内での解析によって、太古代(25億年前よりも古い時代)の地殻プロセスの解析を行います。
地質調査範囲地図
露岩域の火星模擬候補地
現在JAXAを中心として検討中の火星地下環境探査では、着陸候補地の選定で重要となる科学評価や工学技術検討を行うための日本独自の火星模擬地を探しています。
本研究課題では、63次隊の夏期間に露岩域で地質・地形調査を行い、昭和基地の周辺に火星の模擬地となる場所があるかを調べます。得られたデータを基に、アクセス性や科学的・工学的観点から火星模擬地としての適・不適を判断し、最適な露岩域を選定します。
2022年1月に昭和基地周辺の南極大陸沿岸露岩域5箇所(ラングホブデ、スカーレン、スカルブスネス、ルンドボークスヘッタ、明るい岬)で泊まりがけの地質・地形調査を実施します。写真・動画撮影のほか、ポータブル近赤外分光計を用いた分光測定、岩石・水のサンプリングを行います。また、地面を掘って地下の硬さを測り、構造を調べます。水が干上がった跡のある箇所では、析出物の採取も実施します。
本研究により、「昭和基地周辺地域の火星着陸探査模擬地としての有用性」が明らかになります。火星模擬地では、科学測機群や探査ローバーの試験運用(実際の火星探査を想定した遠隔操作を含む)に加え、過去の火星水環境を模擬した地域での科学データ(流水・氷河地形、水-岩石反応による岩石の変質・風化など)の取得も期待されます。63次隊でのロケーションハンティングにより有用性が確認された場合には、64次隊以降にメンバーを増員し模擬地域での本格的な調査・観測・試験を開始したいと考えています。
このプロジェクトでは、南極大陸の内陸から沿岸付近にかけての雪や氷、地形、地層などの調査を行い、過去に起こった南極域の環境変動の復元を進めています。63次隊では、2往復の内陸ドーム旅行を行う予定です。
雪上車に搭載したアイスレーダによる氷床の厚さの観測のようす
▶1往復目は、2021年10月中旬に6名が別動隊として日本を出発し、ドロンイングモードランド航空網(ドロムラン:DROMLAN)にて氷床上のS17地点へ到着。62次隊からの参加者3名と合流後、S16にて出発準備の後、雪上車6台にてドームふじ基地へ向けて出発。ルート上では、自動気象測器(AWS)の保守や、測量、雪氷観測等を行います。ドームふじ基地に約1週間滞在し、輸送した物資や燃料の集積等を行い、S16に帰還する予定です。
▶2往復目は、2021年12月中旬に「しらせ」で南極入りする3名と合流後、再びドームふじ基地に移動。ドームふじ基地に約11日間滞在しながら、第2期ドームふじ掘削孔の延長作業や、第3期掘削に向けた機器の確認・回収、第3期掘削の場所選定に向けた氷床レーダ探査等を実施する予定です。また、NDF(ドームふじ基地より約50km南方にある観測点)に設置したAWSの保守、復路で雪氷観測を行った後、S16へ帰着する計画です。
1. ドームふじ基地やNDF周辺滞在期間(2021年11月下旬及び2022年1月中旬)
①雪上車に搭載するアイスレーダを用いた氷床の厚さや内部層の観測
②積雪ピット観測(断面を用いた雪の物理・化学的調査)
③雪試料の採取
④雪尺を用いた表面質量収支観測
⑤AWSの保守点検
⑥高精度GNSSを用いた氷床表面高度や流動の観測
⑦ドローンによる空中撮影等
2. ドームふじ基地内
①第2期ドームふじ掘削孔の入口に新たにケーシングパイプを設置し現在の雪面まで延長する作業
②第3期掘削に向けた掘削周辺機器の確認と回収作業
3. S16からドームふじへの往復路
①AWSの保守点検
②GNSSによる氷床表面高度・流動観測、雪尺観測、積雪観測・雪試料採取等
氷床レーダ観測により、第3期深層掘削候補地域における氷床の厚さや氷床下の基盤地形を詳細に明らかにし、その情報をもとに、第3期ドームふじ深層掘削点の選定を行う予定です。
63次隊では、ドームふじまで2往復するため、次期掘削拠点の建設に使用する大量の機材や燃料の輸送が進むことが期待されます。また、ドームふじ基地では、第2期深層掘削孔が現在の雪面まで延伸され、今後も掘削孔を用いた観測が可能になります。深層掘削に使用する現有機器の確認と回収も進み、第3期深層コア掘削へ向けた準備が進むと期待されます。その他、ルート上全域にわたる氷床の表面質量収支や流動、表面高度などが得られることにより、氷床変動の把握と解明に貢献することが期待されます。また、多点で実施する積雪観測や雪試料採取により、積雪内の物理構造や化学成分が広域で明らかになるとともに、衛星観測の検証データとしての利用も期待されます。
南極内陸域では、地上気温と降雪の酸素同位体比に明瞭な関係があり、この関係式を使って氷床コアに残されている酸素同位体比から過去の気温復元が行われています。
しかしながら、この関係式にはばらつきがあり、復元した気温にも誤差が見込まれます。
このばらつきを引き起こす要因の一つとしては、南極内陸域で毎日のように観測されるダイヤモンドダスト(細氷)の影響が考えられます。細氷は、放射冷却によって上空の水蒸気が凝結する現象のことです。そして、その酸素同位体比は地上気温よりも水蒸気起源に依存するため、細氷の寄与は酸素同位体比と地上気温の関係を弱めると考えられるのです。
本研究では、この細氷影響を実際の観測データから実証し、復元気温に及ぼす影響を評価することを目指しています。
63次隊では、深層掘削が計画されているドームふじ基地周辺を対象地域として、細氷が当該地域の気温と酸素同位体比の関係に及ぼす影響を明らかにします。
具体的には、新規に開発した自動降雪採取装置をドームふじ基地に2台設置し、弱風環境で発生する細氷とそれ以外の降雪を区別して採取します。降雪採取は、月単位で1年間の連続観測を実施予定です。
また、ドームふじ基地では過去40年間の気温データが利用できます。そこで、この観測期間をカバーする積雪ピット採取(深さ4m-5m)を行い、当該地域における酸素同位体比と地上気温の関係を明らかにするとともに、その関係に細氷が及ぼす影響を評価する計画です。
東南極内陸域は気象観測の開始が遅れたため、地球温暖化の影響検出が難しい地域です。
例えば、ドームふじ基地では1995年に気象観測が開始され、2000年以降には温暖年が頻出していますが、これが地球温暖化の影響なのか、数十年周期におこる自然変動なのか区別できません。そこで、地球温暖化影響の実態を把握するには、気象観測が開始される前に遡って長期気温変化を明らかにすることが必要となります。一方、酸素同位体比から長期気温データセットを作成するには、従来法の不備を解消することが求められます。
本研究では、その第一歩として、従来法の誤差要因となる細氷影響に着目し、その影響評価に取り組みます。細氷が誤差を引き起こす主要因子であれば、その影響を取り除くことで、従来よりも高精度に過去の気温復元が可能になると期待されます。
観測を実施するドームふじ基地周辺のようす
ドームふじ基地に設置する自動降雪採取装置
海洋は大気中の二酸化炭素の吸収源であり、海洋中に二酸化炭素がどの程度溶け込んでいるか、今後どれだけ溶け込みうるかによって、地球の気温やその将来変化が大きく左右されます。二酸化炭素が溶けこむことで生じる炭酸系物質の濃度を多くの地点で調べることで、南極海における二酸化炭素吸収能力の実態に迫ることが、63次隊での特徴的な目的です。
63次隊では、2022年の1月中旬から3月にかけて、リュツォ・ホルム湾、ケープダンレー沖、ビンセネス湾・トッテン氷河沖を中心とした海洋広域において、「しらせ」船上での海洋観測を行います。「しらせ」に搭載されたCTDO2/ RMS (多層採水器付き水温塩分溶存酸素プロファイラーシステム)を使って、海面から海底までの水温や塩分などの基本的性質を調べると同時に、異なる層の海水を採取します。採った海水は持ち帰り、海水中に含まれる炭酸系物質の濃度を調べるために、研究室で分析します。
CTDO2/RMSで海水を取得しているようす
トッテン氷河近傍域における係留観測のようす
南極沿岸海洋において、炭酸系物質の濃度の水平・鉛直分布を明らかにし、水温や塩分、溶存酸素といったより手軽で頻繁に測られている変数との関係性を見出し、それら相互の関係性に基づいて炭酸系物質の現存量を推定することで、南極海広域での炭酸系物質の総量の把握を目指しています。これらの情報は、今後、温暖化や氷床融解の影響で南極海の水温や塩分が変化した場合に、二酸化炭素の吸収能力がどのように変わりうるかを推定するのに役立ちます。
また、トッテン氷河周辺域においては、氷河近傍へ暖水がアクセスする様子や、それによって融けた氷河融解水の分布等を明かにするため、海洋構造や水塊特性等の観測を行う予定です。この他、ケープダンレー沖やトッテン氷河周辺域では、「しらせ」で観測できない時期の海洋構造を時系列で調べるための係留系(浮きをつけた長いロープにセンサーとデータロガーをつけて、錘で海底に固定する観測機器)の設置と回収を行います。
本プロジェクトでは、地球規模の気候変動に伴う海洋環境の変化、それに対する生態系の応答を調査することで、南大洋の実態と役割を解明し、将来予測モデルの開発に貢献することを目指しています。
モニタリング観測とは、国立極地研究所が定常的に実施する基本観測で、中長期的な継続観測を前提とし、確立された観測手法により、自然現象を明らかにしようとする観測です。
本プロジェクトでは、過去50年近く継続してきた基本観測(海洋環境)と海洋生態系の長期変動調査について、さらに精度を高め、かつ、より深海へと挑んだ観測を実施します。
南極の特色を生かして比較的短期間に集中して実施される観測です。
・物理観測:子午面循環をとらえる係留系の回収、および「しらせ」船上での活動と連携し、トッテン氷河沖での予備的な係留系の回収を実施します。
・生物観測:大型ネットを用いて対象海域の動物プランクトン、および稚仔魚期魚類の空間的な分布特性を把握します。
CTD-RMSシステムによる深層水観測(水温・塩分)、およびニスキンによる海水採取
連続プランクトン採集器による動物プランクトンモニタリング観測
海洋循環の調査のための係留系設置風景
大型ネットによる動物プランクトンと稚仔魚期魚類を採集