船上観測とリモートセンシングを組み合わせた南大洋への鉱物粒子負荷量推定

課題番号:AH1001
代表者:小林 拓(山梨大学)

観測目的

南極大陸を取り巻く南大洋の広大な海域は、栄養たっぷりのわりには植物プランクトンが少ないという特徴をもっています。このような特徴は、High Nutrient Low Chlorophyll(HNLC)と呼ばれています。植物プランクトンが光合成により有機物を作り出し、それらをオキアミなどの動物プランクトンや小魚が捕食し、さらに大型の魚類やペンギンやアザラシ、クジラなどの大型の動物が捕食します。このように植物プランクトンが、様々な生物の生活を支えているのです。さて、どうして栄養がたくさんあるのにそれに見合うだけの植物プランクトンが増えないのでしょうか。私達が様々な食物から炭水化物やタンパク質などとともにミネラルを摂取し生きているように、植物プランクトンも栄養だけではなくミネラルを必要としているのです。南大洋では、ミネラルのうち鉄(Fe)が少ないことにより植物プランクトンの増殖が制限されていると考えられています。南アメリカのパタゴニアやオーストラリア、アフリカ南部の乾燥地域の土壌が風により舞い上げられた鉱物粒子が風にのり、はるばる南大洋に飛来して海に落ちると、じわじわと鉄が溶け出します。このように、大気を経由して供給される鉄が、南大洋に生きる生物たちにとって重要な役割を果たしているのです。そこで鉄の運び屋である鉱物粒子の量を南大洋で明らかにします。

観測内容

大気中を浮遊する鉱物粒子をどのように調べるのでしょうか。大気中に舞い上がった微粒子は、浮遊粒子状物質とか大気エアロゾル粒子などと呼ばれています。ニュースで耳にするPM2.5も比較的小さい微粒子を表します。微粒子に光を当てるとキラキラとあらゆる方向に光を散らします。これを散乱といいます。雲は、そもそも透明であるはずの水や氷が微粒子として空に浮かんでいるため、太陽光を散乱し白くモヤモヤとみえるようになります。この微粒子が光を散乱する性質を利用して、微粒子の量や特性を調べます。

南大洋にて大気中に浮遊した鉱物粒子を調べるため、日本と南極を往復する南極観測船「しらせ」に測定器を設置して観測を実施します。1つ目の測定器が、偏光光散乱式粒子計測器(偏光OPC)です。大気中には鉱物粒子の他にも、風により巻き上がられ生じた海水の飛沫である海塩粒子や様々なガスが大気中で化学反応や光化学反応し微粒子になった二次生成粒子などが浮遊しています。鉱物粒子はゴツゴツとしていますが、他の粒子は湿気を吸って丸くなっています。この形の違いにより光の散乱の様子(偏光状態)が変わります。偏光OPCはこの違いを利用し、鉱物粒子を他の微粒子と分けて測定できます。しらせの甲板から突き出た大気の取り込み口から外気を引き込み、偏光OPCにより鉱物粒子の測定を実施します。2つ目の測定器が、船舶用オリオールメータです。太陽のイラストを書く際、円の周りに放射状に線をたくさん描くと思います。この線は、微粒子によって散乱された太陽光を表しています。この太陽周辺の輝き方は、微粒子の特性によって変わります。船舶用オリオールメータはこの性質を利用し、太陽やその周辺の光の強さの分布を測定し、微粒子の量や特性を測定します。太陽光が微粒子の散乱を受けつつ大気を抜けた光を測定するため、海面から大気の最上部までの間に浮遊する大気全体(気柱総量といいます)の微粒子を調べることができます。しらせ甲板の観測タワーの最上部に船舶用オリオールメータを設置し、測定を実施します。これらの測定により、しらせ航路上の鉱物粒子を調べることができます。さらに広大な南大洋全体の鉱物粒子の存在量を調べるために人工衛星のデータも活用します。微粒子は、宇宙空間にも太陽光を散乱します。この散乱光を測定し、微粒子の量や特性を調べることができます。人工衛星は、カメラのように広い範囲を測定することができ、また、休み無く地球を周回し測定し続けているため、南大洋全体を時間を追って調べることができます。日本が運用している気候変動観測衛星「しきさい」のデータとしらせで得られたデータを結び合わせ、南大洋に浮遊する鉱物粒子の全体像を明らかにします。

観測全体のイメージ。南極観測船「しらせ」での測定データと衛星データを組み合わせ、南大洋全体の鉱物粒子の量を推定します。

船舶用オリオールメータ。太陽とその周囲から届く光の強さを測定します。(撮影:山梨大学 小林拓)