氷床中の宇宙線生成核種を使った太陽粒子嵐の定量評価

課題番号:AP1002
代表者:栗田 直幸(名古屋大学)

観測目的

人間社会が高度化し、宇宙環境の変化も社会生活に大きな影響を及ぼすようになってきました。例えば、太陽フレアが発生すると、高いエネルギーをもった粒子が太陽から地球に向かって飛来し、人工衛星が故障したり宇宙飛行士が被ばくしたりすることがあります。このような太陽からの高エネルギー粒子放出は太陽粒子嵐と呼ばれており、現在では人工衛星を使って太陽活動の常時監視がおこなわれています。しかしながら、太陽粒子嵐が発生する時期やその規模の予測はまだ発展途上であり、将来の災害に備えるためのリスクマネジメントも実施されていません。想定外の災害を回避するためにも、過去に発生した太陽粒子嵐の実態を明らかにすることが科学者に求められています。過去に発生した太陽粒子嵐は、実は氷床コアから読み解くことができます。太陽粒子嵐が発生すると、大気上層で大量の宇宙線生成核種(10Be)が生成され、その履歴が氷床コアに記録されます。本プロジェクトでは、氷床コアに記録されている10Beから過去に発生した太陽粒子嵐を読み解くための基盤研究に取り組みます。

観測内容

太陽粒子嵐の発生に伴う10Beの生成は大気上層で起こり、大気中の輸送を経て氷床上に堆積しています。それゆえ、氷床コアに記録される10Beは大気上層の生成量だけでなく、1)地表面への輸送過程や 2)堆積過程の影響を受けています。また、大気上層での10Be生成量は、太陽や地球磁場の変動によっても変化しています。氷床コアから太陽粒子嵐に伴う10Be生成量変化を解読するには、これらの過程が及ぼす影響を定量的に把握する必要があります。そこで本プロジェクトでは、太陽粒子嵐の直接観測が行われている現在(1950年から現在)を対象として、10Beのバックグラウンド変動を明らかにするとともに、過去に発生したイベントが氷床試料に記録されるメカニズムの解明に挑みます。さらに、その基盤的知見を活用して、現在の直接観測が開始される前の時代に報告されている超巨大太陽粒子嵐イベントの復元に取り組みます。

南極地域観測隊では、内陸域のドームふじ基地周辺(緯度:南緯77度19.2分,経度:東経39度42.1分,高度:3788m)と沿岸域のH128(緯度:南緯69度23.3分,経度:東経41度33.5分,高度:1439m)にて、過去2000年を超える期間の氷床コア採取が行われてきました。そこで、本プロジェクトでは、この2地点を対象として、過去70年間にわたる10Be変動を明らかにします。ドームふじ周辺では、63次隊に積雪ピット観測が実施され、申請グループが10Be分析を予定しています。そこで、64次隊では、沿岸域にて浅層コア採取を行う予定です。H128地点では、過去の掘削データより、1950年は約14mの深度に相当すると予想されることから、深さ20mの浅層コア掘削を行うことを計画しています。採取したコア試料は、冷凍試料として国内に持ち帰り、極地研の低温室にて分割を行ったのちに名古屋大学に輸送して10Beを含む各種化学分析を行い、観測期間における10Beの時間変化を明らかにします。

地球表層における10Beの挙動

南極内陸域での浅層掘削の様子(撮影:JARE60 栗田直幸)