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グリーンランドでアザラシへの衛星発信器装着に成功

執筆者:櫻木 雄太(北海道大学)

ArCS IIの沿岸環境課題のサブ課題である「海洋環境と生態系の変化」では、グリーンランド北西部のカナック村を中心に、海洋環境や海洋生態系の変動が水産業や狩猟といった人間活動に与える影響の解明を目指しています。その中で、当該地域に生息する海洋高次捕食者であり、地域住民の主要な狩猟対象でもあるアザラシやイッカクといった海棲哺乳類に注目した研究が進められています。

近年の北極域における気温上昇に伴い、グリーンランドにある氷河や氷床が急速に融解しています。このことは、海洋への淡水流出量の増加につながり、海洋環境を大きく変化させるため、海洋生態系に多大な影響を及ぼすことが危惧されています。特に、氷河フロントではプルームと呼ばれる融解水による湧昇によって生物の集まるホットスポットが形成されるため、生態系へのインパクトが大きいと考えられます。したがって、今後の気候変動による影響を評価および予測するためには、その海洋環境のモニタリングが非常に重要です。しかし、氷河のあるフィヨルドで、特に氷河のフロントでの海洋観測を長期間に渡って実施することは、氷河のカービング(氷河の末端で氷の一部が氷山として分離して海に流れ出すこと)が発生する危険を伴うため、非常に困難です。この問題を解決するために着目したのは、アザラシでした。

写真1:2019年の調査時に撮影したボードイン氷河。写真にはアザラシが1匹写っている
写真2:今回CTDタグを装着したワモンアザラシ

調査地はグリーンランド北西部に位置するInglefield Bredningと呼ばれるフィヨルドです。このフィヨルドには、ワモンアザラシ(Pusa hispida)が生息しています。彼らは水中を自由自在に泳ぎ、深く潜ることができるうえ、氷河のフロントでもよく見られます(写真1)。このアザラシに海洋環境データを記録できる装置を取り付けることで、我々が調査することが難しい場所での観測を実現することができると考えました。今回取り付けたのは、CTDタグ(CTD-SRDL、SMRU)と呼ばれるものであり、海洋環境データ(水温や塩分、深度)を記録して衛星を介してデータを送信してくれます。これにより、日本にいながらフィヨルドの海洋環境を把握することができます。

今年もコロナの流行により、我々は現地で直接アザラシに装置を取り付けに行くことができませんでした。そこで、グリーンランド天然資源研究所(GINR) に所属するAqqalu Rosing-Asvid博士にCTDタグを送り、計4個体のワモンアザラシに取り付けてもらいました(写真2)。今も4頭のアザラシの追跡はできており、海洋環境データが送られてきています(写真3)。今後は、送られてくるデータをモニターするとともに、データをしっかりと解析することで、フィヨルド海洋環境の動態やアザラシの生態を明らかにしていこうと考えています。

最後に,私はArCS II北極域研究加速に向けた研究計画(2021年度開始)の公募において、「夏期のカナック村周辺海域における3種のアザラシの生息地利用の解明」が挑戦的・萌芽的課題として採択され、 2021~2022年度(2年間)で実施することになり、沿岸環境課題と連携して研究を進めています。また、グリーンランドでの研究が私の博士課程のテーマでもあるため、ぜひ現地に行って調査をしたいです。

写真3:送られてきたアザラシの位置情報(左)と水温・塩分データ(右)。背景はLandsat-8の衛星画像を使用